第427話 クロスステッチの魔女、やきもきする

 関係してそうな魔女に連絡を取れたと言われ、私はほっと息をついた。


「お茶を飲んで、髪を梳かした方がいいわ。風で荒れてしまってるもの」


 そう声をかけてくれた物売りの魔女に一礼して、彼女が並べている茶菓子のひとつを買ってから適当な椅子に座る。するとどこからかポットが飛んできて、お茶を淹れてくれた。柔らかい水が跳ねる音と共に内部に水が湧き出し、ポットの底に刻まれた魔法がお湯を沸かす。しばらくしてカップへ注がれた熱い紅茶を飲んで、やっと落ち着いた気がした。風に煽られてひどいことになっているだろう髪を、簡単に手櫛で直す。


「手近な魔女は何人か捕まったわ。それと、今、組合の精密な検索魔法に花びらをかけてるから、もうすぐ確定するわよ」


「ありがとうございます」


「よかったですね、マスター」


「これであの石鹸屋さんも大丈夫ですわね、あるじさま」


「お菓子食べよー、お菓子ー!」


 三者三様に私を慰めてくれるかわいい《ドール》達を撫でてやりながら、私はまずゆっくりお茶を飲む。これはお師匠様に習ったやり方だった。


『お師匠様、お師匠様はどうしてそんなにも、ゆっくりとお茶を飲んでいるんですか? 大変なことになっているのに!』


『いいかい、クロスステッチの魔女。お前は慌てすぎなんだよ。慌てて混乱した頭では、混乱した結論と行動しか出せない。だから、命に関わることでなければ、お茶でも飲んでまずはゆっくりするんだ。頭を落ち着かせて、それからしっかり考えればいい。――ただし』


『た、ただし?』


『あたしがちゃんと貼り付けた色紙の色に従ってしまえと言った魔法素材を倉庫であんたがぶちまけて、あの中が混沌としている結果は全部あんたのせいだからね。片付けたら説教だよ』


『ごめんなさいいいぃ』


 ……余計なことまで思い出してしまった。あの時のお師匠様、本当に怖かったなぁ。弟子入りしてすぐ、まだ針も糸も触ることが許されなくて、雑用係をやっていた頃の記憶だ。何年も……五年くらい、ひたすら雑用をしながら自分が出してしまってる素材のことを教わり、基礎の基礎をそうして叩き込まれてから初めて針を持たせてもらえたものだった。


「魔女組合まで《扉》を持ってる魔女が多分、最初に着くと思うのだけれど……身支度とかやりかけの仕事とかあると、すぐこっちに来られるわけじゃないだろうしなぁ……」


 そんなことを呟きながら、今度はお茶菓子を一口頬張る。甘じょっぱい味は、なるほど紅茶によくあった。

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