第426話 クロスステッチの魔女、先輩魔女達に助けを求める

 何度かこの魔女組合に訪問してきた時は、時間の縛りもなくてゆっくり箒を飛ばしていた。精々、日が暮れる前に移動しきってしまいたい程度のことで、こんなに急いでここに来たことはない。


「あら、クロスステッチの四等級魔女ちゃんじゃない。どうしたの?」


「その……今日は、仕事を受けるんじゃなくて、持ち込みした、くて、けほっ」


 顔見知りになった受付の魔女に息を整えながらそう言うと、彼女は真面目な顔で「何があったの?」と聞いてくれた。私は、大切にしまっていた『眠れる森の薔薇』の花びらを取り出す。


「ニョルムル中心街の高級石鹸屋で、魔法植物が他の種に紛れてか育てられてて……部屋ひとつ埋め尽くす勢いで蔓も伸びてるそう、です。怪我人はないですけど、仕事にならないって、私に頼まれて」


「魔法植物……何の花かわかる? 何か、その一部は持ってる?」


 はい、と私は花びらを差し出した。魔法で傷まないよう保存していたけれど、もしかしてそんなことをしなくても問題なかったのでは、と思うほど、花びらはシワも傷みもなく美しい赤色を保っている。


「ありがとうね。それだけ慌てて来たってことは、何かとんでもないものだとわかって来た感じかな?」


「あの、お師匠様の本の魔法で図鑑に調べてもらったら、『眠れる森の薔薇』だって」


 受付の魔女の目の色が変わった。彼女が手をつい、と振り上げると、いくつもの羽ペンや羊皮紙がひとりで動き出して、すべてのペンが同じことを書き始める。


「ニョルムルにて『眠れる森の薔薇』らしき植物を四等級魔女が確認……確認と対処乞う……当魔女が花びら一枚を採取済……」


「わぁ……」


 青いインクで流れるような文字が書かれたかと思うと、羽ペンは羽ペン立てへするりと帰っていく。今度は傾いて揺れる木製の道具――確か、お師匠様が前にブロッターと言っていたもの――が転がって来て、余計なインクを吸い上げていった。なるほど、ああして使うのか。


「すごいですね、マスター。マスターもあれ、できますか?」


「それは難しいかな……一度に沢山のことを考えないといけないし、ああいう筆記の魔法は、自分が書くようにしか書けないから……」


 筆記魔法で綺麗な字が書けるなら、私は本を白紙のままにはしていないだろう。ルイスとこそこそ話している間にも、羊皮紙は小さな《扉》を通じて消えていって一枚だけがここに残っていた。


「……これでよし、と。関係してそうな魔女や詳しそうな魔女には、これで連絡ができました」

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