第417話 クロスステッチの魔女、詳細を聞く

 石鹸室と書かれた扉が開かれると、むせ返るほどに濃く花の香りが漂って来た。石鹸を使っていたらしい多種多様な器や道具の中にも、壁にも床にも、何かの植物の蔓がびっしりと広がっている。そしてあちこちに真っ赤な花が咲いていて、それらが濃い匂いの発端のようだった。


「……どうしたの、これ」


「うわぁ……」


「昔のお話みたい」


「すっごい匂い!」


 思わず私や《ドール》達の口から、素直な感想が漏れた。確かにキャロルの言う通り、私もこんな植物が出てくるお話を聞いた気がする。

 気づいたら扉をパタン、と閉じていた。石鹸屋は、「あの植物のせいで新しい石鹸を作ることができなくて……」と泣きついてくる。


「このままでは、今ある石鹸がすべて売れてしまったら店じまいです! 魔女様、なんとかしてください!」


 私はとりあえず「すぐには無理だと思う」とだね、返事をすることができた。


「あの植物、なんであんなことになったか心当たりを教えてくれる?」


 多分、魔女しか取り扱わないような魔法の植物だろう。そう思って話を聞いてみようとすると、サムと名乗った店主は私たちにお茶を淹れて、椅子を勧めた後に話してくれた。


「父の代から付き合いのある行商人に、『いい匂いがして明るく綺麗な花が咲く種』として売り込まれた種を買い、指示通りに育てました。明るいところを好むと言いますし、大きく育てば石鹸室によい賑わいをもらたしてくれると思って、あの窓辺で育てていました……昨日花が咲いたと思ったら、長く蔓を伸ばし始めたんです。収まる様子もなく四方八方に蔓を伸ばしていて、道具にも絡んできて……なんとか人に絡まないように家族で逃げ出したんですが、それ以来、あんな調子です」


 お礼はいたします、とサムは机に頭を打ちつけんばかりの勢いで頭を下げて来た。人間の足には魔女組合は少し遠く、サムと弟のどちらが行こうかと頭を悩ませていたと言う。


「もちろんお金はお支払いしますし、うちの店が出せる最上の石鹸もおつけします! お願いします!」


「ちょっと、私の手に負いきれることかどうかだけ確認させてもらってからでいい……?」


「マスター、また叱られてしまいますよ?」


「でも、これはちょっと大変そうじゃない」


 確かに、依頼として張り出されてるわけでもない、しかも明らかに厄介そうなものを引き受けるのは、褒められたことではないと自覚している。私はそれほどすごい魔女でもないわけだから、余計にだ。でも、ここで放置するのは寝覚めが悪くなりそうだった。

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