第418話 クロスステッチの魔女、調べ物をする

 私は石鹸室をもう一度開けて、舞い散る花びらを一枚掴んでうまく戻ってくることに成功した。赤くてしっとりとしていて、厚みがある。花や花びらの形は薔薇の花に似ていたけれど、魔力があるから普通の薔薇ではないだろう。どんな花なのか、調べてみる必要があった。


「これが何の花かわかれば、対処法も見つかると思うのだけれど……買った時は、普通の花だと言われていたの?」


「ええ! 魔女様方が扱うような魔法植物は、我々の手に余りますから。そもそも、国によっては人間が扱うことは禁止されておりますでしょう」


 確かに、人間が扱うには危険だからと禁止されている魔法植物はいくつかあった。魔女が頑丈だから取り扱えてるものや、育てたり収穫するのに魔力が必要なもの、整えた特別な場所でしか育たないものもある。

 私が扱うようなものの大半は、そのあたりに自生している。森で摘んだりしているのは、単にそれらの持つ力が弱くて取り扱いにそこまで目くじらを立てなくていいからだ。例えば私が庭に植えてる植物達なら、人間もその気になれば育てることはできるだろう。けれど今回の花のように、もっと強い魔法の力がある植物であれば、人間が取り扱うのは危ないからと自生しているものは魔女が見つけ次第摘むはずだった。少なくとも、人里の近くには生えていないはずである。

 果たして摘み漏れか、悪意か、偶然か。花びらを見ているだけではわからなかった。


「これを持ち帰って、調べてみますね」


「魔女様、よろしくお願いします」


 頭を下げた彼に軽く手を振って、宿屋に戻ることにした。カバンを広げて調べ物をするには、自分の部屋に戻るのが一番早い。


「マスター、どうやって調べるんですか?」


「今回は普段行かないようなところに行くからって、私、図鑑をいくつか持って来ていたの。お師匠様がくれた、植物の絵が沢山載ってるやつよ。高価なものだから、普段はカバンの中にしまい込んでたんだけど……多分、今こそ使うべき時だわ」


 普通に旅行を楽しんでいたから、使う機会がなかったのだ。自分の知ってる植物だけを使っていたし。魔力があって私が知らない植物を摘んでとりあえず仕舞い込み、庭に植えたりしてから「そういえばこれは何かしら」なんて事態を何度か起こしたことへの反省でもあった。


 宿屋に戻り、埃を被った分厚い植物図鑑を取り出す。普通に持ち歩くには重く嵩張るからあまり使わないでいたけれど、これからはちゃんと勉強した方がいいだろうと反省もしながら、図鑑のページをめくった。

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