20章 クロスステッチの魔女と薔薇騒動

第416話 クロスステッチの魔女、石鹸屋に頼み事をされる

 源泉を囲うレンガで勉強をさせてもらった後は、私は宿屋に戻らず中心街をうろついていた。ひとつひとつの品物の値段は目に見えて上がるし、その分の質もよくなっている。物売りが声を張り上げて売る屋台の食べ物ひとつを取っても、例えば蒸しパンには必ず具が詰められていたりした。


「いかがですかな? 中に果物の蜜煮を詰めている温泉蒸しパンとなります。左から、星無花果、桃、林檎が入っております」


「このツブツブが乗ってる方は?」


「そちらは干し葡萄ですな。商人がここまで運んできてくださったものを入れてるので、安くはありませんがおいしいですよ」


 少し値段は張るけれど、それなりに具が入っているなら仕方ないかな……と思わせるのは、こういう店の計算なのだろう。林檎の蜜煮入りをひとつ買って、ルイス達とも分けて食べた。甘酸っぱくて、かなりおいしい。多分、粉からしても違うものを使っているのだろう。そういう区分けが好きな人というのは、本当に大好きだから。


「どうですかな?」


「おいしいわ!」


「おいしいです」


 そもそも蜜煮自体が、蜂蜜を贅沢にとれる地域のものになる。蜂蜜酒もあるから、もしかしたらニョルムルの近くには、蜂飼いの村があるのかもしれない。

 パンを食べ終えてからもう少し探検をしていると、通りがかった店の人に「魔女様! 魔女様ですよね!」と声をかけられた。


「え、ええ……私が魔女だけれど」


「ああ、よかった! どうかお助けください、このままでは店の危機なのです!」


 気づけばあれよあれよと店の中に引き込まれてしまって入ると、中は高級な石鹸屋のようだった。泡の匂いに、半透明なもの、複雑な形をしたもの、何かを封入しているもの、たくさんの石鹸が並べられている。宿屋の近くにある石鹸屋が売っていたような、庶民が切って使うような四角いだけの石鹸はひとつもなかった。中心街の高級宿に売るような、凝った石鹸ばかりを並べる店らしい。


「その、店の危機って……?」


「私は代々、この店を営んでおります石鹸屋です。実は先日、外国から封入するのに花を買って来たのですが……どうやら魔女様が扱われるようなものが混ざっていたようで、大変なことになってしまいまして。魔女組合にどう説明して頼むべきかを考えていたところに、あなた様が通りがかったのです! これはお導きかと思いまして……お礼はさせていただきますから、よろしくお願いします!」


「え、う、うん……?」


 確かに濃い、魔法の気配がする扉がある。店の男は私の返事もろくに聞かず、扉をそうっと開けてしまった。

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