第415話 クロスステッチの魔女、源泉を眺めてみる
温泉の大本というのは、臭う。故郷の温泉もそうだった。卵が腐ったようなこの臭いに、ルイスとキャロル、アワユキはちょっと嫌そうな顔をして私の服に顔をうずめた。
「マスター、その、臭いません?」
「なんか臭う~」
「温泉の源泉だからねえ……宿屋の温泉は多分、これを引いている間に臭いが薄れていると思うのよ」
源泉が沸き上がっている地点を見下ろすようにして、広場が作られている。故郷の源泉よりも臭いがかなり抑えられているのに疑問を覚えて、ちょっと周囲を散策してみることにした。
「おや、何かお探しで?」
「ああ……思っていたよりは、ここ、臭いがないなって。もっと温泉の臭いが濃いものだと思っていたんです」
私に声をかけてきたのは、飲み物売りの老人だった。「一杯いかがかな?」と言われ、銅貨を払って木製のコップを受け取る。中身は少し苦味のある、お茶だった。
「傍らの動かれるお人形……魔女様ですな。噂になっております、ニョルムルに魔女様が訪れたって」
「あら、すっかり有名人なのね、私達」
「かつて、温泉は愛されましたが源泉の臭いを疎んだ魔女様が、臭いを抑える魔法をかけていかれたと言われております。源泉が変わらず流れ続ける限り、その魔法は保たれ続けるという伝説ですな」
魔女の魔法、言われみると確かに源泉の近くに魔法の気配があった。源泉を囲っている、レンガに魔法が刻まれているのだろうか。
「ちょっと見てみてもいいかしら」
「ええ、あちらに階段が――」
箒を呼び出して座り乗りをしながら降りていく。臭いは近づいてみても強くならないままで、そのようなことは確かに魔法の力でなければできないことだった。
「このレンガに、彫刻系の一門の魔法が彫り込まれているのね。ひとつふたつじゃあなくて、沢山。そうすることで強く長く維持できるようにされている……ということかもしれないわ」
「なるほど、勉強になりそうですね」
そうね、と頷いて模様を見る。多分、《消臭》だけでなく、《維持》の魔法もあるのだろう。魔法が壊れないように、続くように計算がされていることは私にも分かった。多分、名のある魔女の仕事だ。今年はたまたま、ニョルムルにいる魔女が私なだけで。本当はその魔女も、お風呂に入っていたりしたのだろう。
「マスター、どうですか?」
「この魔法はかなり高度なものよ。私が真似をするには、百年か二百年の修行が必要だわ……」
憧れを秘めて、刻まれた模様を一通り指でなぞった。
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