第406話 クロスステッチの魔女、ちょっとした魔法を見せる
「魔女様と酒が飲める日が来るだなんて、長生きはするものだねぇ! 世の中のことはある程度知った気になっていても、全然そんなことはないし!」
カリラはそう言いながら、楽しそうに蜂蜜酒をぐいっと飲み干す。何かつまめるものを、と手が彷徨ったけれど、チーズはみんなで食べてしまった後だった。ふむ、ここは私が出してあげるべきだろう。
「普通のパンでよければ、すぐ出せるわよ」
「……お願い!」
カリラに頼まれたのと、私も少し小腹が空いてきていたのもあって、《パン作り》の魔法の刺繍をしたハンカチを取り出した。いつでも持ち歩けるようにしているその布を、カリラの前でひらりと揺らしてみせる。
「タネも仕掛けもありませーん、普通の刺繍した布でーす」
こくこくと頷く彼女の前に両面を見せた後で、刺繍した面を上にして布を置いた。丸い刺繍を指でなぞりながら、魔力を流し込む。すると、刺繍布の上にはいくつかの丸パンが現れた。触れるとほんのりと温かく、割ってみると白っぽい断面が見える。私がよく食べている、小麦がちょっと多めのパンだ。
「すごい、本物の魔法だ……!」
カリラは小さな子供のように目を輝かせて、私が差し出したパンを受け取った。お師匠様が作る、お城で食べるような真っ白いパンには負けるけれど、こちらも日々進化をしているのだ。前よりおいしいパンを、魔法で作れるようになっていた。
「パンと砂糖菓子を作る魔法は発見されてるから、魔女はそれなら出せるのよ」
「えっ、じゃあ子供の頃に母さんが話してくれた、ごちそうが出てくる魔法のテーブル掛けは?」
懐かしいものを聞いた。私には昔、語り部の婆様が教えてくれたのだっけ。とある青年がひょんなことから手に入れた、合言葉を唱えると無数のご馳走が出てくる魔法のテーブル掛けのお話。あと確か、不思議なロバや、魔法の棍棒も出てきていたような気がする。
「あれは色んなお料理が出てくる魔法でしょう? そうなると、実際には難しいかなあ……それぞれのご馳走に対応した刺繍にしないといけないから、毎回全部同じご馳走が出てくることにもなるけど」
「魔法って色々あるんだねえ。もっと万能だと思ってたよ」
「私も、自分が魔女見習いになって初めて知ったわ」
「でも、マスターはいつも楽しそうに魔法を使っておいでです」
「そう見えるの? ありがとうね、ルイス」
キャロルやアワユキにも、私の魔法は楽しそうに見えると頷かれた。なんだか少し気恥ずかしくなるのを、パンを齧って誤魔化した。
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