第403話 クロスステッチの魔女、お風呂で盛り上がる
「この時間なら赤札一枚だし、ほとんど人はいないと思ったんだけど……」
困惑した声は、少し低い女のものだった。
「私は気にしないけれど、あなたが気にするのなら出た方がいいかしら?」
「い、いえ! その、驚いただけで……」
「どうせお互いの姿だなんて、煙で見えないもの。あったかいわよ」
では、と彼女が湯に沈み、気持ちよさそうな声を出す。かすかに湯煙の中から見えた女の姿はよく鍛えられた女戦士のもので、体のあちこちに傷ができていた。
「あたし、“灰色熊の“カリラっていうんだ。ここには毎年、湯治に来てる。春まで滞在する予定だよ」
「私も春まで。クロスステッチの魔女よ、よろしく」
魔女様!と驚きつつも、カリラは私の差し出した手に握手を返してくれた。
「それじゃあ、沢山人がいるような気がしたのは……」
「私のお人形さん達よ。ほら、ご挨拶なさい」
「ルイスです」
「キャロルといいます」
「アワユキなのー!」
カリラが驚きつつも声のする方へ手を差し出すと、三人がそれぞれに小さな手でカリラの指を握って握手した。ひえ、と小さな声が漏れて、桶が揺れる。
「魔女様はお人形を連れてるという話、本当だったんですね」
「ええ、みんなかわいい子達よ」
「へえ……いいな、お人形」
カリラは私に興味津々な声色をしていたから、私も楽しくなって色々と聞きながら話してしまった。合間に蜂蜜酒を飲んでいると、カリラは「あたしも持ってくればよかった」と悔やんでさえいた。
「好きなの? 蜂蜜酒」
「たまに自分で作る。蜂蜜を水で割って、革袋に入れて歩いてると、そのうち酒になるからね」
「あー、なるほど。今度やろうかな……同じような仕組みでチーズが作れるのは聞いたことあるけど、そっか。樽じゃなくても作れるのね、蜂蜜酒って」
カリラはニョルムルよりさらに北の方の出身だそうで、そこでは湯治……温泉による治療の伝説があるらしい。今は傭兵をしているということで、古傷には温泉が一番だと力説していた。
「うちの地元には、地元のやつでも滅多に行けないような山奥に湯が沸いていてね。猟師が傷を負わせた熊が逃げたと思ったら、そこで傷を癒していたなんて伝説があるんだ」
「そういえば、似た話を聞いたことあるかも。私が聞いたのは鹿だったかな」
「そもそも地面からお湯が湧き出してきてるんだ、きっと不思議な力もあるんだろうね」
住んでいたところは全然違っていたはずなのに、意外なところで繋がりがあるのは興味深い話だった。
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