第402話 クロスステッチの魔女、お風呂で酒を飲む
通りをあてもなく歩いて、通りがかった屋台で酒入りの蒸しパンを買う。その場でふかしたての味をおいしく堪能してから、一度宿に戻ることにした。
「もう少し見て歩いたりは、しないんですか?」
「買ったお酒も飲みたいし、部屋でやりたいこともあるからね」
気の向くままにふらふらと歩いてきていたものだから、帰り道の検討はさっぱりつかない。けれどこんな時は、宿で用意しておいた《探し》の魔法を使えばいい話だった。刺繍の済んだリボンに魔力を吹き込むと、蝶の形になってひらひらと飛び始める。
「おおすごい、魔女様の魔法だ」
「あれきれーい! ほしいー!」
「魔女様の魔法だもの、買えないわよ」
思っていたよりも驚かれてしまっている中を歩くと、小さな子供が手を振ってきた。振り返してやりつつ、私達は蝶の先導の元で無事に宿へ帰り着けた。
「おや、お早いお帰りで」
「またお風呂に入ったりしようと思って。できる?」
「ええ、構いませんよ。露天風呂もよかったらお使いください」
中庭の大きなお風呂というのも気になって、今度はそっちに行ってみることにした。酒の革袋からコップに一杯分移して、着替えと一緒に中庭に出る。誰かが入る際にあるという赤札はなかったので、私が独り占めできた。私がいる証の赤札をかけて、ウキウキで服を脱ぎお湯に浸かる。まだ夜には随分と早い時間だけれど、だからこそ贅沢をしている気分になれた。
湯煙で視界は悪いものの、湯船は共用なだけあって部屋の風呂場よりかなり広い。お湯もあったかくて、こちらもいい場所だった。やっぱりなんとかして、家で毎日お風呂が入れるようになりたいなあ。
「広いですね、あるじさま」
「アワユキ、前、こんな感じのところに来たことあるー!」
「僕達で独り占めですね」
ルイス達は桶に乗せてやって、温泉気分を堪能している。私は湯船の縁に置いていたコップから、お酒を一口飲んだ。口の中に広がる、蜂蜜の甘みとお酒の味。店で一口飲ませてもらった時より、おいしく感じた。外だからかな、お風呂場だからかな。あまり強い方の酒ではないのだけれど、酔いがいつもより早く回ろうとする感覚もある。勿体ぶって一杯だけ持ってきたのは、間違いのない判断だったようだ。
「主様ー、誰か来るよー」
「ああ、おいしい。――まあ、公衆浴場だものね。人と顔を合わせることだってあるでしょう。気になる人は部屋のお風呂に入ればいいんだから」
そんな風に話していると、漠然と想像していたよりは大きな影が湯煙の向こうに見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます