第400話 クロスステッチの魔女、美しいものを見つける

 店員は、酒器に対しても饒舌に語った。使い込むことでその持ち主に合わせるという焼き物の器や、職人の弟子が練習に作ったという木製のジョッキ。幾つもの山を越えてきたという獣の角製のゴブレットや、海の向こうからの渡り物であるという、樽から酒を移して使う小瓶と盃の一揃え――飲めれば器に対してあまりこだわりも無く使ってきた私にとって、興味深い知らない世界だった。


「お酒を飲むための器ひとつとっても、こんなに種類があるだなんて……」


「当店でも滅多にない品物は、やはり魔女様の細工が施されたものですね。自分用に使っているのですが、これがまたいいゴブレットなんです。温かい酒を注げばいつまでも温かく、冷たい酒を注げばいつまでも冷たい。金属で作ればある程度は人間の手業でも可能ですけれど、半日以上続くのはやはり魔女の恩恵です」


「確かにいそうだわ、そういう魔女……」


 美しいものを追いかける一環、だったのだろう。あと多分、完全に趣味だ。ちなみにあんまりにも好評をもらってその魔女は同じようなゴブレットをいくつか作ったそうだが、贋作が横行するほどに人気らしい。


「ま、魔女の品物の贋作、とはまた……魔法のひとつもないのに……」


「精巧な模様を彫り込んでおりましたが、やはり魔女様の手業には叶いません。並べてみると一目瞭然でした」


 彼はそう言って、どこかおかしそうに笑う。かけてきた年月の厚みが違ったのだろう。ルイスとキャロルは大人しく見れていたけれど、触ろうとしたアワユキはそっと抑えた。割れそうな陶器の器だったから。真っ白で、薄くて、確か迂闊に触れば壊れそうだった。


「アワユキ、ここは落としたりしたら壊れるものが多いから、眺めるだけにするのよ」


「はあい」


 そんな風にあれこれ見ていると、どうしようもなく目を惹くものをひとつ見つけた。それは白い焼き物のゴブレットで、凝った細工があるわけではない。花と蔓草の模様も、全面に彫り込まれているわけではない。ただ、如何なるしくみか、ほんのりと虹色に光っているように見えた。そっと持ち上げてみると、そう思ったのは間違いではないとわかる。手にしっくりと収まる大きさも、かなり好ましかった。……どうしよう、さっき買ったお酒、これで飲みたい。葡萄酒の赤でも映えるだろう。


「とても素敵なものを見つけられたようですね、あるじさま」


 そんな私の元に、店員が「それは極めて珍しい物です、お目が高い」とにこにこ笑いかけてきた。

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