第399話 クロスステッチの魔女、お酒を堪能する
「売り物のお酒なのに、少しいただいてもいいのかしら?」
「魔女様だから特別――と言いたいところですが、うちでは初めてのお酒とお客様を引き合わせる際、一口試しに飲ませてあげているんです。貴重なお酒ではできませんがね」
店員はそう言って、またにっこりと笑ってみせた。いわく、ここで売るお酒はどうしても量が多くなりがちになること。一杯二杯ではなく、樽の半分とか革袋いっぱいで売るので、飲みつけない味ではないかを確かめてもらう意図があるらしい。
「せっかく沢山買うのですから、お互いにとってよい出会いでなくては。合わなかったでは、お客様にも、お酒にも、申し訳ないでしょう?」
ほらほら、と勧められて、一口飲んでみる。普段そこまで飲まないからどうしても感じ取ってしまう、酒の匂いは思ったほど強くなかった。飲んでみると、甘い。葡萄ではない、この甘味――あ、思い出した。蜂蜜酒だ。水に入れた蜂蜜を放置しておくと酒になるといって、人間だった頃に仕込みに駆り出された記憶がある。もっとも、飲んだ記憶はほとんどないけれど。
「おいしいわ。それに、これ――懐かしい。蜂蜜酒って、売ってるものなのね」
「この辺りは寒い場所も多く、そういう場所ほど上等な蜂蜜酒ができるんですよ。大体の人々は自分の家や村で飲むために作っていますが、たまに外に売ってくれる村もあるんですよ」
これは結構、いい味だなと思った。高いかもしれないけど。でも買えない値段ではなかったから、革袋にいっぱい注いでもらうことにした。
(……それにしても、この街、怖いわね。お金のかかるものが沢山あるから、気づいたらあっという間にお金がなくなってしまいそう)
先に宿代を多めに払っておいていたとは言え、日々の食事代とかは当然ながらさらにかかるのだ。そう思うと、自制はかなり大事なのかもしれない。
「マスター、いいお酒が見つかってよかったですね!」
「蜂蜜のお酒だなんて、素敵です」
「主様ー、おうち帰ったら作ってー!」
《ドール》達がキャッキャッと話している様子を、店員は興味深そうに見ていた。そして、「よければ酒器も見て行きますか?」と聞かれたので、つい頷いてしまった。
「上等なお酒には、上等なお酒用の器があるとなお楽しいものですよ。木、石、金属、角、陶器、磁器、ガラス……大きさも材質も様々なものを、こちらもご用意させていただいております」
蜂蜜酒の棚から別の棚に案内されると、そこは大量の酒器があった。
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