第398話 クロスステッチの魔女、酒屋に行く
「あるじさま、あるじさま。あそこのお店、お酒って書いてあります」
「飲み物の絵もついてるー」
店の看板に酒の絵と文字を掲げた店を、私より先にキャロルとアワユキが見つけてくれた。ニョルムルの店は店名と絵の両方がついている。誰もが読み書きをできるわけではないし、そもそも他国だと文字が違う。だから、ニョルムルの店には小さな屋台にも絵がついていた。入口で見せてもらった地図についていたのは、店名ではなくこの絵が描かれたものだ。
賢い私の《ドール》達のように、崩した字体もサラサラ読める人々でも、私のように読み書きが苦手な人でも、皆がこの街で楽しめるのだ。早速、お酒屋さんに入ってみることにした。
「ごめんくださーい」
「おや、かわいらしいお客様。いらっしゃいませ」
扉を開けてみると、まず店内は随分と狭い印象を受けた。いかにもお酒が好きでお酒に詳しそうな店員が一人いて、棚の掃除をしている。そして狭い店内の壁中に、様々な大きさの樽、木製や陶器製の杯、ジョッキといったものが所狭しと並んでいた。それぞれの容器の中にきっちり収められているはずなのに、店内は酔いそうなほどにお酒の匂いが充満している気がする。
「魔女のお客様をお迎えするのは初めてです。ようこそ、『シェークスの酒屋』へ。酒から酒器まで、大体のものは取り揃えております――普段ならば『なんでも』と豪語するところですが、いやはや、魔女様相手では分が悪い」
近づいてみると、店員は遠目に見た時より老けていた。それでも酒と店が好きなのか、茶目っ気のある言い回しで私を迎えてくれる。彼は名乗ることなく、「何をお探しで?」と言ってくれたので、素直に要望を言うことにした。
「私、特定のお酒を探してるわけではないの。ただ、昔、温泉に入りながらお酒を飲んでる人を見たことを思い出して……温泉に入りながら飲めるお酒、あるかしら」
「おや、それは通なお人がいたもので。そうですね……甘いのと辛いのでは、どちらがお好きですか?」
「甘い方かしら。普段はなんとなく、そこまでお酒を飲まないんだけど……」
店員は「でしたら、あまり強くないお酒から始めるべきでしょうね」と言いながら、棚に並んだ沢山の樽の中から迷いなくひとつを選んだ。
「でしたら、このお酒が良いでしょう。――ああ、そうだ。魔女様、ご自分の酒器はお持ちで?」
「一応、木のならひとつ……お茶も淹れてるけど、これ」
カバンに入れたままになっていたそれを取り出して見せると、彼はお酒を少し注いでくれた。
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