第397話 クロスステッチの魔女、ぶらぶらする

「マスター、ニョルムルはどうしてこんなに栄えているんですか?」


 賑やかな人の声、飛び交う品物とお金の様子を見ながら、ルイスはそう聞いていた。ニョルムルに魔女が冬を過ごしにきたとは広まりつつあるらしく、親切な店の人によってはおまけをくれたりもしていた。


「温泉が沸いている土地、自体はあちこちにあるの。私の故郷もそうだったしね。でも、大体の温泉は山奥とか、人の出入りがしづらいところで……だから、地元の人だけが知っている場所になりがちね。物好きな行商人の中には、商売ついでに湯に浸からせてもらうのが楽しみだと言う人もいるけれど。温泉に入るために行商人やってるって言ってたっけ」


 温泉があるような土地は他所との交流がしづらい土地が多く、そういう場所の人々は排他的になりがちだと言う――これは少し、心当たりがある。顔を合わせる相手が決まりきった暮らしをしているから、余所者に対して警戒してしまうのだ。そういう人達が、温泉目当ての人達とうまくやるのは大変に難しい。そもそも知られていないことの方が多いし、大体の人間には行くのが難しい場所ばかりだ。私の村にあった温泉は村の近くに沸いていたけれど、そもそも村に来るまでが外の人からすると大変だった。


「ニョルムルは山の中じゃないですよね。むしろ草原というか……大きな道もありましたし」


「平地にある温泉だったから、みんなが来やすい場所だったんじゃないかって言われてるわ。村の人が温泉目当てに来た人を泊めるようになって、もうそのための建物を建てた方が早くないかな、と宿屋ができて、さらに人が集まって――こうなる、と」


 小さな国の首都よりも栄えてると名高い、ニョルムルの街。噂には聞いていたけれど、本当に賑やかな場所だ。この街自体はどちらかというと、辺境にあるというのに。


「ニョルムルの温泉と我らの仕事に絶えることなし! かんぱーい!」


「かんぱーい! 昼から酒だー!」


 商人らしい一団が、真っ昼間から酒を煽っていた。しばらく泊まるとなると、なるほどああいった羽目の外し方もできるらしい。


「昔、村の大人がお風呂に入りながら、楽しそうにお酒飲んでたのよね……」


「探せばお酒の店もありそうですけど」


 冬中、ここで過ごすのだ。一日くらい、羽目を外してみてもいいのかもしれない。酔っ払って寝たとしてもルイス達が起こしてくれるだろうし、あの部屋の風呂なら人様に絡んだりすることもない。そもそも、魔女はあまり酔わないけれど。


「酒屋を探しましょうか」


 かくて、目的地は決まった。

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