第395話 クロスステッチの魔女、石鹸屋と話す

 石鹸をひとつカゴに入れた後は、持っているものを頭の中に思い浮かべていた。何があって何がないのか、頑張って記憶を漁り思い出そうともしたけれど、考えてみたら持ち帰るのだって春になる。今単純に気になるものを見ていてもいいだろう、と自分に言い聞かせた。楽しいわけだし。


「……失礼しました」


 色々と見ていると、店員の男が作業場らしき奥の場所から出てきていた。その手には、四角く切り出された石鹸の塊がある。白に赤色が混ぜ込まれた、無骨なだけではないものを彼は棚の一角に置く。


「石鹸に、こんなに種類があるだなんて思わなかったわ」


「半分、手慰みのようなものですよ。このニョルムルの街には、石鹸の店だけでも沢山ありますから。他の店との違いを何か作らないと、埋もれてしまいます。そしたら俺は、パンを食っていくのに困って石鹸どころじゃあなくなりますから」


 商売というものが、私にはよくわからない。人間だった頃の村には店がなく、たまに行商人が来るだけだった。それ以外の必要なものは、誰かから借りるか物々交換をしていた。――使用人のような暮らしをしていた私には、それもあまりやった覚えがないけれど。差し出すものがなかったんだから、交換もできるはずがなかった。魔女になってからお金の使い方を覚えたけれど、組合仕事も《魔女の夜市》も、自分が好きなものを出しているだけだ。目立たせないとパンが食べられないとか、そういったことにはならない。

 だから多分、彼がどうして埋もれないようにしたがるのかを理解できるのに、長くかかる気がしていた。


「ところで、滞在はいつまでされるんですか?」


「春になるまで。ここで冬を越すから、沢山お風呂に入る分石鹸を買いたくて」


「高い宿なんかは石鹸を宿が用意してますけど、それでも自分の気に入った石鹸がいいと言って石鹸屋に来る人もいますよ」


 なるほど、と頷いていると、彼は「毎年ニョルムルに来るさる高貴な貴婦人」の話をしてくれた。


「その人はニョルムルでも一番上等な宿に泊まり、俺なんかが店に並べるのよりも数段高級で凝った細工の石鹸を買って行って使うそうですよ。そこの石鹸屋にとっては何よりも自慢で、毎年お土産にも包んでいくんだって言ってました」


 なるほど、誰かへ土産として石鹸を持ち帰るという発想はなかった。買って帰ることは考えていたけれど、それらは自分の家で使うことを想定してのことだったのだ。


「石鹸だけ売ってる店、というのは他では見ないのに、それが複数あるだなんてすごい街よね……」


 私の言葉に、彼は「光栄です」と一礼した。

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