第394話 クロスステッチの魔女、石鹸を見て回る

 石鹸屋の店員は、石鹸作りに戻っていった一人以外いなさそうだった。少なくとも今のこの店舗の中に、他の人の音はない。


「いろいろありますねえ、マスター」


「きれーい」


「本当にねぇ。私、こんなに沢山石鹸が並んでいる姿なんて初めて見るかも」


 店内にどんな石鹸があるか、入る前にある程度予想はしていた。けれど、それとは違うものが沢山並んでいる。外から見た店舗はあまり飾り気のないもので、庶民向けの日用品の石鹸ばかりが並んでいると思っていたのだ。

 けれど実際には、—―確かに庶民用の、飾り気のないただ汚れが落ちるだけの石鹼もあるけれど、それ以外もたくさん置いてあった。白く四角いだけの石鹸でも、値札の横についている絵には種類があった。多分、何の汚れを落とすかで違うのだろう。服の絵、鍋の絵、体の絵……もしかして、ちゃんと分けた方がよかったのかな。魔法を使っていたのもあって、今まで全然気にしていなかった。


「あるじさま、小さなカゴがありました。買うものはここに入れておくべきなのかもしれませんね」


「そうね、ありがとうキャロル。ひとつ持ってきてくれる?」


「はあい」


 うまく飛べるようになったキャロルが、少しふらつきながら私にカゴを手渡してくれた。それを持って、どの石鹸を買おうかと見て回る。様々な色と大きさの石鹸。花弁を封入した、半透明の石鹸。猫や犬の形をした石鹸。普通の石鹸と違う、草の香りのする石鹸……。


「石鹸って、こんなに沢山あるんですね!」


「ええ、とっても面白いわね。値段もバラバラだから、値段と用途で相談するのがよさそうね……」


 あまり大きくない店だというのに、見ていて大変に楽しい。丁寧に書かれている読みやすい字で、『汚れが落ちやすい』とか『細かい泡』とかも値札の横に書かれていて、店員一人が作業中などで接客できなくてもお客が迷わない工夫がされていた。


「マスター、これ、どうですか?」


「えーっと、まず確実に欲しいのは体を洗う石鹸よね。それから……あ、髪を洗えるのもあるの? いいわね、これ」


 ルイスが持ってきてくれた石鹸の説明書きを見てみると、『体用・特に長い髪を洗いたい人向け』という、おあつらえ向きの石鹸だった。手のひら程度の大きさに、指の関節ひとつ分の高さの、薄い水色に花の絵を押された四角い固形石鹸。思っていたよりも値段は高くなく――今使っているものよりは、ちょっと高いけれど――まず、これに決めることにした。

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