第392話 クロスステッチの魔女、宿を満喫する
たっぷりお湯に浸かって、価値を知ってから久しぶりの贅沢を満喫した後。私はお湯から出て、しっかり濡らしていた髪を乾燥させようとしていた。といっても、布で水滴を拭き取る程度なのはここでも変わらないけれど。
「おや、魔女様。どうでしたか? うちのお風呂は」
「楽しかったわー、一人用の浴槽でも足がしっかり伸ばせたもの。そういえばニョルムルって、石鹸を売ってたりする?」
夕食のシチュー鍋を部屋に持ってきてくれたマルヤは笑って、「石鹸屋なら沢山ありますよ。皆、温泉で使いますからね」と言って何ヶ所かのお店を教えてくれた。
「石鹸だけを売ってる店が、ニョルムルにはいくつかあるんです。花の香りのするもの、安くて沢山量があるもの、石鹸そのものに細工をしているもの……もちろん、凝った石鹸はそれなりの値段がしますがね。魔女様が来られたのなら、どこの店も喜びますよ」
宿の時は無理に部屋を開けようとされたら嫌だからと魔女であることは伏せていたけれど、石鹸を買うだけなら問題ないだろう。明日は早速、石鹸を見に行くことにした。
「石鹸ひとつとっても、色々とあるんですねー……」
「ええ、魔女様のお人形方。素敵な石鹸で、髪を洗ってもらってもいいかもしれませんね」
多分、彼女は何気なく言ったのだろう。でもそれは、とてよい考えに思えた。ルイスやキャロルの髪、アワユキの毛皮は、確かに手入れをほとんどできていない。《ドール》の体は人間や魔女のように汗をかいたりはしないけれど、外を歩き回ることで汚れはするのだ。目に余る時は《清潔》の魔法をかけてあげてるけれど、石鹸で洗えば綺麗になるに違いない。
「それは素敵! 明日、素敵な石鹸を見つけたら、みんなの髪や毛皮も洗ってあげるからね」
「ありがとうございます、マスター」
「あるじさま、ありがとうございます」
「わーいわーい」
楽しそうにしている三人の様子を見ながら、マルヤの持ってきたシチューにパンをつけて食べる。素朴なおいしさが口に広がる、悪くない味だった。普通に食べるのではなく、このパンは全部シチューにつけて食べるべきだろう。……宿賃が安い分、毎日パンを焼いてはいないらしい。
「三人用の小さい器はありますか?」
「ええ、少しお待ちください」
しばらくしてマルヤが持ってきてくれた小さな器に、《ドール》達の分のシチューもよそわれた。
「いただきます」
私ももうひと匙食べる。ほろほろに煮崩れる鶏肉ととろけたじゃがいも、単純な味がよかった。
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