第390話 クロスステッチの魔女、温泉の支度をする
しばらく久しぶりの柔らかいベッドを堪能してから、お風呂に入ることにした。人間だった頃に何気なく入っていたものが、案外贅沢品だったと知った日の驚きはまだある。ここのように温泉が湧き出していればそれを使うから庶民でも楽しめるのに対して、湧いていない地域なら水を温める必要があるから仕方のない話だった。
「よしっ、まだ夜まで時間はありそうだし……温泉入ろう!」
窓から首を出して太陽の傾きを見れば、まだ夜まで時間はある。ここは温泉を楽しもうと決めて、まずは自分の部屋についているというお風呂を見てみることにした。
「自分のお部屋にお風呂がついてるだなんて、初めて見ました」
「そうよねぇ、多分こういうところでもないと中々、難しいんじゃないかしら」
「あるじさま、お姫様みたいです」
「私の故郷では、温泉、普通に村の真ん中にあったんだけどね」
服を全部脱ぐのだから、ついでに洗ってもらうことにする。替えの服を一式出してきて、体を拭くための薄い布一枚と石鹸類を手に、いざ温泉への扉を開いた。
「思ってたより……小さい?」
「おおー、何か匂いますね!」
「本当にお湯ですねぇ」
「わぁいあつぅい」
足は伸ばせそうだけれど、思っていたよりは小ぢんまりとしている黒い石造りの浴槽。それでも、その中にはたっぷりとお湯が湛えられ、温泉独自の匂いをさせながら湯気を上げていた。浴槽の中には白い粉のようなものが散っていて、故郷で湯の花と呼んでいたものがあることがわかる。体を洗ったりする場所も小さくはあったけれど、一人用かと思えば仕方のないことだった。
まずはお湯を自分にかけて体を洗い、文字通りに旅の垢を落とす。魔法で服は綺麗にできていても、汗をかきづらい季節でも、やっぱり温かいお湯で体を洗うことはさっぱりできた。木桶がなぜかひとつ置いてあったので、ルイス達にはその中に入っていてもらうことにする。
「マスター、マスター、この桶をお風呂に浮かべていてもらうことはできますか?」
「いいわよ」
ということで、ルイス達は私が髪を洗う間、一足早く温泉を堪能することにした。うっかり落ちたりしてしまったらすぐ気づけるように、耳をそちらに向けながら長くなった髪もたっぷり濡らす。石鹸はここでも買えるだろうと踏んで、普段より贅沢に使った。人間だった頃より伸びる速度は落ちているけれど、そもそも村娘だった頃と違って髪を伸ばしてもいいのが楽しい。だから、髪を洗う時間も嫌いではなかった。
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