第389話 クロスステッチの魔女、宿で一休みする

 案内された部屋は、住み心地のよさそうな二階の角部屋だった。丁寧に整理されていて、豪華ではない方が私としては居心地がよさそうに見える。マルヤは「ごゆるりとお過ごしください」と丁寧に一礼した。客商売らしい、丁寧な言葉に切り替えて話す。


「お夕食は夕刻にご用意できますが、不要な際はお申し付けください。温泉は各部屋の中に冷ましたものを引き込んでいますが、『踊るアホウドリ亭』の中庭にある大浴場に入ることも可能です。男女で時間を分けていることはありませんが、人が入っているかはわかるように札をかけられるようになっています。毎日、お昼にベッドや部屋の掃除をしますので、必要のない方は赤い札をドアの前にかけておいてください。お風呂場のところに置いておいてくだされば、洗濯もしておきますよ」


「それであの値段は安すぎませんか……? ちなみに、今日のお夕飯は何を用意されてるんです?」


「今夜は魚を何種類か焼く予定ですよ」


 それは楽しみだな、と思いながら、下がっていくマルヤを見送って荷物を部屋の中に置いた。あまり大きい部屋ではなく、短い方の辺はベッドより少し長い程度。滑らかな木製のベッドにふかふかの布団がかかっていて、毛足の長い緑のカーペットが敷かれている。部屋の真ん中にはいくつかのクッションがあって、小さなものはルイスやキャロルやアワユキが乗るのにちょうどいい大きさのようだった。


「荷ほどき、っていうほど大したことはしてないけれど……ちょっと一息ついてから、温泉に入りに行ってもいいわね」


「温泉、楽しそうですね」


「おふろおふろー」


 まずは休憩、とカバンを置いて、ベッドに倒れこむ。思えば秋中ずっと飛んでいたようなもので、野宿も多かったから、まともな宿に泊まるのは久しぶりな気がした。まあ、まともな宿場町に限定して旅程がわかることが多少面倒だったことも大きいので、ほとんど自業自得のようなものだけれど。


「しばらく野宿した後のベッドは素敵だわぁ……」


「お疲れ様です、マスター」


 ルイスにそう言われて、確かに疲れたなあ、と思いながらクッションを抱えてみたりもする。ベッドの傍にはカーテンのかけられた窓があって、カーテンを開けてみると木の窓がついていた。開けてみると、気持ちのいい風が吹き込んでくる。何本か宿の前に植えられていた木がいい感じの目隠しになっていて私が外に見られることはなかったし、素敵な木漏れ日が降り注ぐ。いい部屋だった。

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