第385話 クロスステッチの魔女、温泉街にたどり着く
なんだかんだとあちこちに寄り道をしていたり、天気が回復するまで宿に逗留するようになったり、のもあって。結局、温泉の煙が見えてきたのは秋の終わり……風花がちらつく頃だった。
「マスター、あそこ、煙が上がってます。それも、たくさん!」
「そうね、あれが話に聞いていたニョルムルの温泉街だと思うわ。さ、降りるわよー」
箒をゆっくり降下させながら、温泉街を上から少し眺めた。少し匂いのある煙を吐く、いくつもの煙突。賑やかな人の声、色鮮やかな建物、楽しそうな気配が伝わってくる。大体の街は丸く囲っているものだけれど、ここは花のように複雑な形をしていた。古い石壁の前に、家と人と新しい建物、そして新しい石壁がある。後から段々と、街が広がっていった痕跡。これからの期待に胸を膨らませながら、街の入り口らしい、人が出入りしている門の近くへ降りてきた。
「あ! 魔女様だ!」
「魔女様がニョルムルの温泉に入りにきたんですか!?」
「ようこそー!」
温泉街の人々が、まず私に気づいて声をかけてくれた。街に入ろうとしていた商人の一団にも手を振りながら、私は草地の上に降り立つ。他に並んでる人はいなさそうだった。隊商の長らしい人が、私に向かって「魔女様も温泉ですか。せっかくですから、何か見て行ってください」と言ってきたので、彼らの手続きに時間がかかりそうなのもあって品物を見せてもらうことにした。
「ワシらはいつも、この街で冬を過ごすのが楽しみでしてな。温泉の湯気で蒸したパンに卵で食べる朝食は、この街でしか味わえない味ですよ」
「まあ! 私も他の魔女から噂に聞いていて、
せっかくだから来てみたの。楽しみだわー……あら、これは?」
彼らは獣の毛皮を何種類か売ってきた帰りに、そのお金の一部で買った品物をニョルムルの人々に売りつつ冬を過ごすらしい。いろいろな品物を買い取る中には、自分達では使い方のわからないものもあるのだと教えてくれた。私が手にしたその綺麗な卵型の石も、彼らには来歴がわからないらしい。
「宝石のようにま見えるけれど、《大市場》の山師連中もこんな宝石は見たことがないって言いましてね。値段をどうしたものか決めかねてたんです」
「これ、欲しいわ!」
綺麗な真っ白い色をしているのもあって卵に見えるけれど、その艶やかさと冷たさは生き物の卵ではない。かすかに魔力を指先に感じるから、何か魔法か精霊に由来するものかもしれない。これから宿屋で金がかかるのに、気づけば私は財布を出してしまっていた。
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