19章 クロスステッチの魔女と温泉街
第386話 クロスステッチの魔女、温泉街に入る
魔女の私は一応門の前に並んだものの、ほとんど検査はされなかった。国の首都などではないのに、しっかり出入りする人を調べる役人がいるというのは珍しい。
「魔女様、首飾りをお見せください。空から飛んでこられた貴女様が魔女であることは疑う余地もありませんが、一応その、決まりでして」
「いいわよ? ほら」
私が顔を上げて首飾りを見せてあげると、本当に形式上のことだったのかすぐに「結構です」と言われた。魔女の首飾りは魔法が籠っているから、光り方が普通のガラスや金属とは違う。虹色の光り方もオパールと違って常に揺らめくものだから、どんな職人にも真似ができないものだ。できてしまっては、魔女の地位が揺らぎ壊れる。だからこそ、この首飾りだけで魔女は魔女と証明ができるのだ。当人以外がこれをかければ、たちまち輝きは失せる。
「宿のご予約はありますか?」
「いいえ、ふらっと立ち寄ったものだから特にしていないの。一冬ここで過ごしたいのだけれど、そもそも空いてるかしら……」
ふと心配になって聞いてみると、役人は「ここには宿がたくさんありますから、どれかは空いてるかもしれません。しかし、決めるのであればお早い方がいいでしょう」と教えてくれた。
「普段はゆっくり湯に浸かる習慣がないという人々も、ここの温泉を気に入ってくださるんです。そういう人々のために、ここの温泉街はあります」
「湯気で蒸したパンと卵を楽しみにしているのだけれど、それを売りにしてて……長逗留だし、あまり高くない宿は?」
私の少々魔女らしからぬ台詞にも、彼は笑っていくつかの宿を教えてくれた。様々な宿屋の名前を並べた大きな案内看板が町中にはいくつもあるとのことで、その見方も教わる。
「街の真ん中には源泉……温泉の大元がこんこんと湧き出ている場所があり、他にも色々と広がっています。景色や特色、温泉のよさで宿の等級が決まりますが、中心街の宿はもてなしも上等な分、宿賃はそれなりに取りますね。長逗留のお客様には割引もしますが、元の基準が高いです。中心から離れるにつれて、宿賃が安くなると覚えてください。その分、どれかは多少質が下がることがありますが……魔女様が泊まられるなら、皆、良くしてくださるはずです」
「何から何まで、ありがとうございます」
私がお礼を言うと、彼は「これも仕事ですから」と笑った。
「ようこそ、お越しくださいました。温泉街ニョルムルは、貴女様方を歓迎いたします」
彼に一礼して門をくぐると、そこには華やかな街が広がっていた。
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