第383話 クロスステッチの魔女、旅を満喫する

 温泉街ニョルムルへの旅は順調だった。少し冷たいけれど北に向かう風に乗れたことで、箒にあまり負担をかけることなく長い距離を飛べた。おいしいものは温泉街で食べればいいと思ったのもあって、風に乗っている間は食事は箒の上で取った。ソフィ様の元に向かっていた時もそうしていたけれど、今度は単に風を逃したくないだけの横着でしていることだから、心に余裕がある。短い時間なら片手を離しても安定して飛べるようになったのは、私の成長だった。


「マスター、ずっと飛んでて疲れませんか? 僕達はただ、乗せてもらっているだけですけれど……」


「今は、こうして空を飛び続けられることが楽しいからいいのよ。《扉》の魔法を覚えても、結局こうやって空を飛ぶことになる気がするわ」


 風が止んだから、魔力を箒に注ぎ込む量を増やして《探し》の魔法に従い飛び続けた。陽が落ちてきたら適当な場所を探して、夕食を食べて眠る。他の魔女なら適当な家で宿を乞うわよ、と呆れて言ったのは、グレイシアお姉様だったっけ。魔女は宿代の代わりに簡単な魔法を置いて行ってくれるから、と、どんなに貧しい家でも屋根くらいは貸してくれる……らしい。別に木の上でだって眠れるし、それを苦にも思ったことがないから、わざわざそういう人のところに泊まって手を煩わせてしまうのも悪いと思って、私はしないけれど。


「やっぱり、自分の好きな道のりで、自分の思う速度でする旅が一番だわ。何かに急かされたり、道を決められるのも、好きじゃないのよね」


 誰かの影響で目的地が決まることは、悪いことではないけれど。それによって自分の行動を決められることが、多分、私は好きではないのだ。


「マスターは、マスターのご自由になさるのがいいかと思わされます。そうですよね?」


「主様の旅についていくの、好きー!」


「あるじさま、楽しそうですから」


 ルイスだけではなく、アワユキとキャロルにもそう言われて、私はそういうものなのかなと思うことにした。パンと砂糖菓子は魔法で作れるし、飲み物は川で汲んできた水を沸かしてお茶を淹れればいい。《獣除け》と《魔物除け》の魔法もあるから、群れの真っ只中に突っ込まなければ大丈夫だ。ルイスの剣の出番はあまりなくて、それは嬉しいことだった。


「マスター、僕、マスターのことはもちろん、キャロルやアワユキのことも守れる剣士になりますからね!」


 実戦の機会が少ないとはいえ、熱心にルイスは毎日寝る前に剣を振る。でも私は、その剣の出番が来ることは願っていなかった。

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