第371話 クロスステッチの魔女、小さな《ドール》に名付ける
夜の間にたっぷり悩み、ついでに実際に髪や目を触らせてもらって、さらに考えた。何色がいいか、どんな名前がいいか、どんな姿がいいか。それは、自分の中にあるものを汲み上げる。あるいは、何かの似姿として組み立てる。人形とは、元来そういうものだ。
問題は、ソフィ様の持ってきた髪と目の種類がかなり多かったことだった。金髪ひとつとっても、蜂蜜の色から麦穂の色、黄金の色と多岐に渡っている。魔女の色彩感覚でなければ、同じ色だと言われそうなほど似た色のものもあった。
「この色とこの色の取り合わせも素敵……あっでも茶色も悪くないし……うーん」
ルイスに似せない自分がいい、と言う意思表示をもらった以上、それは尊重したかった。つまりは私に丸投げということであるけれど、考えてみたら普通に新品の《ドール》を買った魔女は皆通ってきてる道なのだ。ルイスにも意見を聞こうかと振り返ってみたものの、彼はにっこり笑ってこう言った。
「マスターのお好きなように、お好きに組んでください。僕はそれがいいと思いますし、悩んでもらえるそちらの僕が少し羨ましいくらいです」
「ルイスは、そのままになってた銀色の髪と赤い目が素敵だったからねぇ。……並べた時の見栄えも考えたいなあ」
「自分の中で姿を思い描いていても、いざ人形師の前で組み立てる段になったらみんな迷うものよ。魔女であり続ける私達には、時間は沢山あるわ」
ソフィ様にそう言われ、あれこれと髪と目の取り合わせを試す。どちらも魔法で小さくして体に合わせると言われたので、良くも悪くも種類が絞られることはなかった。
そして、日が暮れた頃。やっと納得のいく組み合わせが決まった。
「お待たせしました……この組み合わせで、お願いします!」
「わかったけれど、どうして目を机から背けているの?」
「また迷い出すのが嫌で……」
ソフィ様が笑みをこぼして「しまってくるわね」と席を外し、箱をしまって戻られたところで私は姿勢を戻した。綺麗な布の上に小さな体が乗せられ、その横には私が選んだ蜂蜜のような薄い金色の糸束と、少し暗い紫色のガラスが並べられている。
「髪型はひとまず、男の子の核だし短くしておくわね。……それとも長い方がいい?」
「短いのでお願いします。伸ばしたりする方法は、お師匠様から聞いてます」
ガラス細工の綺麗なコースターの上にガラスの瞳が置かれると、あっという間に小さな眼窩に合う大きさに変わっていた。それを彼女は簡単に魔法で顔に取り付けた後、髪の毛として金色の糸束を手に取る。彼女は糸束をいくつも重ねて合わせて、頭を覆うカツラのようなものをくるくると作り上げた。それを人形の頭に被せて、魔法で取れないように取り付ける。
「では、核を」
そう言われて核を手渡すと、小さな体にするりとその青い光が溶けていった。本当は虹色だと、彼女に悟られずに済んだことに少し安心する。
「名前をつけてあげて」
「はい……《核を示せ》」
ルイスの時を思い出しながらそう呟くと、小さな体にとろけていった光がもう一度現れる。しっかり体に根付いたその核へ、自分の針で刺した指から一滴の血を垂らした。
「我、汝に名を与えるもの。我は汝のマスターなり。汝、我を友とし共にあるべし。汝の名前は、」
色々と考えていた名前の中から、ひとつ。私の唇から、名前が滑り落ちる。名前がつけられる。
「汝の名前は――キャロル」
名前を得た悦びに光り輝く核が体へ染み込んでいって、その目は開かれた。
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