第368話 ガラス細工の魔女、小さな《ドール》の話をする
『魔女、やめることにしたから。結婚するの。ここに遺したものは全部、ソフィにあげるわね』
ある日突然――本当に突然。そんな簡単な書き置きをひとつ、残して。
私が少し遠出をしている間に、私のお母様はお母様ではなくなっていた。そして、気がついたら五十年も経っていた。
「この体、特に依頼があって作ったとかではないの。試しになるべく小さく作ってみようってしてみて……それはそれで、需要があったからね。核が小さくしか育たなかった子とか、修復しきれない傷がついてしまった子とか、少年少女の大きさでは体が大きすぎることがあるから。そういう事態は滅多にないけど、体の動かし方を忘れてしまわないようにって小さな体に需要があるの。さすがにこんなに小さいと、かわいいだけでは使わせてあげられないから」
私の話を、クロスステッチの四等級魔女は真面目に聞いていた。《ドール》を一人と、そこから株分けをしたという核を連れてここまで旅をしてきた魔女。もう会うことはないのだろうと、そう思っていた懐かしい人の手紙を持ってきた若い子。あちこちに自分で刺したのだろう刺繍のついた服を着ていて、カバンひとつで旅慣れた様子だった。そして、人形師を求める客でもあった。
「髪と目は何色にする?」
「うーん……ルイスは元々この色だったし、どうしよう」
彼女が悩む様子を見ていると、お母様からの手紙に書いてあったことを少し思い出す。私の目の前でころころと表情を変えているこの《ドール》は中古で売られていて、その《名前消し》が不完全だったために核が二つに割れたのだということを。
「同じ色は当然似合うに決まってるんだけど、別の色もいいなって思ってしまって。どうしよう、すぐに決められないわ……」
「《ドール》を買いに来た人は大抵、同じことを言うわよ。先に、この体に核が合うかを見ておいた方が良さそうね」
彼女の了承を得て、核を薬液から取り出す。修復師の弟子なだけあって、調合は完璧だった。よい状態を保たれている核をひと撫でしてから、私はその小さな核を受け継いできた体に沿わせた。お母様から引き継いだ《ドール》の、口やかましい忠告を思い出しながら、慎重に。
「あっ……」
かすかに、核と体が震えた。同じような調子で。これは入れることができる証だ。核に残った心のカケラによる少しの自我や、体が持っている要素が噛み合い、一体の《ドール》として目覚めるに足る証。少し、ホッとした。
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