第367話 クロスステッチの魔女、お礼を言われる

 空気が冷えて冬の足音を聞くようになった頃、私の泊まっている部屋の窓をコツコツと叩く小さな影があった。


「あら?」


 私が窓を開けてやると、まず飛び込んできたのは……冬の景色のように白く透き通った、ガラス細工の蝶。私が魔法で作る刺繍の蝶とは、また違った美しさを持っている。刺繍では、透明を出すことはほとんどできない。そんなガラスの蝶の後ろから、一人、魔女が箒に乗って飛んできた。ガラス細工の魔女ソフィが、晴れやかな顔をして微笑んでいた。


「ああ、よかったここにいた! すぐ近くの町にいると言っていたけれど、帰ってしまっていたらどうしようかと思っていたの」


 彼女はそう言って箒のまま身を屈めて入ってくる。正直そんなことできると思わなくて、変な声が出そうになった。どうやら、彼女は随分と体が柔らかい体質らしい。


「無事に、お会いできました?」


「ええ! あなたの《ドール》の核に、私が受け継いだ《ドール》の体を使ってあげるようにとも言われたわ。これからは時々、お手紙を出し合うの!」


 私が熱いお茶を淹れて出すと、彼女はおいしそうに飲みながら「あんなに突然いなくなられたら、やっぱり連絡もしづらくて」と笑った。


「まだまだ若いつもりでいたけれど、五十年ってあまりにもあっという間だったわ。若い日のお母様はそれはそれは美人だったのに、今ではあんなお姿になって! それでも後悔はしてないというから、まあ、仕方ないかなって。私とアルミラ様で荷物整理を手伝ってきたから、旦那様を追いかけて町に行くそうよ」


 魔女の年齢を推し量るのは無駄なことだけれど、大して変わらないような見た目でもやっぱり彼女は年上の魔女だった。彼女が「見せてくださる?」と言ってきたので、核の入った瓶を渡す。新鮮な薬液と魔力でキラキラと、青核サファイアの輝きに偽っている核を彼女はしばらく眺めていた。指で大きさを測るような仕草をした後、彼女は腰巻きのカバンから一体の《ドール》の体を取り出してきた。

 性別のわかりにくい、子供のような体格。手のひらに乗るような大きさで、赤子のように身を丸めて、ガラスでできた花の細工の中に収まっている。髪も目もないのは、これからつけるためだろう、と思った。そういう売り方をされている子の方が、本来は多い。最初から髪と目がついていた、ルイスの方が例外なのだ。魔女は好きな顔の形と好きな核を買い、好きな色合いの髪と目をつけて好きな名前をつける。


「あなたが急いで手紙を届けてくれたから、お母様との時間をより長く取ることができたわ。だから、お礼にそれはあげる。起こしてどんな子になったか、顔は見せて欲しいけどね」


「もちろん!」


 私は喜んで、その小さな体を受け取った。

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