第366話 クロスステッチの魔女、ゆっくりする
最近頭を占めていたことが解決して、しばらくのんびりしようと私は町の宿屋に滞在することにした。小さくても綺麗な宿に、ご馳走はないけどゆっくり過ごすのが好きだった。人間の宿屋での生活を「ゆっくりできる」かは魔女によるようだけれど、私は好き。自分で自分のことをなんでもできる分、たまには人に世話されるということも嫌いじゃなかった。
「魔女様、いつまで滞在されるおつもりで?」
「さあ、いつかしら。少なくとも、出かけた彼女が帰ってくるまでかしらね。あまり大きくない部屋がいいのだけれど」
そんな会話を宿の主人としてから、こざっぱりとした個室を与えられた。そこに荷物を下ろし、軽く食事をとって部屋に戻ると、ふかふかのベッドが私を誘っていた。なんとか服を替えてからその誘いに乗ると、なんだか随分と久しぶりにベッドに横になる気がする。
「ふかふかねー……」
「ここしばらく、木の上で寝てましたからね……マスター、寝袋を用意するのはどうですか? マスターが体を痛めてしまわないか、心配です」
そう言われて、少しは考える気になった。今回のように急ぐたびがまた起きた時、さすがにずっと木の上で寝ていては体を痛めてしまいそうだ。かと言って、宿屋を律儀に探してる時間があるとは限らない。
「寝袋かー……」
「主様もミノムシみたいになろうよー!」
「縦に寝るのはちょっと難しいかしら。あなたもその方がいいと思う?」
核にも話しかけてみたけれど、当然ながら返事はなかった。左右にルイスとアワユキが潜り込んだ状態でうとうとと微睡みながら、新しい子ができたらどこに入るのかな、なんてことも考えているうちに、気づいたら眠ってしまっていた。
それからはゆっくりと過ごした。採取して、糸を紡いで、刺繍をした。魔法は簡単なものを綺麗に作るのと、一応持っていた本に習って少し難しい魔法にも挑戦した。材料の代用は危険だから、持っている素材や採れたもので作れる魔法に限られる。そうすると、案外選択肢はなかった。
「うーん、どっちの魔法から挑戦しようかしら」
どちらにするか、楽しく悩んだ。どちらも三等級向けの魔法で、片方は《乾燥》、片方は《熟成》の魔法とある。摘んできた植物を乾燥させたり、未熟果を追熟させるのに使えるようだった。チーズや干し肉を作るのにも使えそうで、覚えた後が楽しみ。
「よしっ! 《乾燥》を覚えて、すぐに天日干しとかできるようになろう! これならお天気が悪くてもできるし!」
「「おおー」」
それからは部屋に篭って、ああでもないこうでもないと数日唸ることとなった。
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