第365話 クロスステッチの魔女、手紙を伝えに行く

 私がソフィの家に辿り着いたのは、次の日のことだった。相手の名前しか知らない状態では水晶は使えないので、こういう時は自分で飛ぶしかない。


「ガラス細工の魔女ソフィ! ガラス細工の魔女ソフィはいるかしら!」


 箒を飛び降りながら声を張り上げ、少々雑なノックをすると、少しして魔女が現れた。短い金髪に青い目をしている、二等級の首飾りをした私より年下に見える魔女だ。綺麗なガラス細工の髪飾りが、陽の光を反射してキラキラとしている。魔法が引き出せそうな美しさに一瞬、私は目を細めた。しかし彼女は怪訝そうな顔になる。それも当然の話だろう。私の服装は明らかに細工の一門の者ではないし、訪ねてくる理由の心当たりがないだろうから。


「ええ、私はソフィだけど……あなたは?」


「はー……はー……けほっ。私は、リボン刺繍の二等級魔女アルミラの弟子、クロスステッチの四等級魔女。エヴァ様……元、ガラス細工の魔女、エヴァ様より、お手紙を預かっております」


 懐から手紙を取り出すと、顔色の変わったソフィがそれを引ったくって開封した。彼女もやはり、師匠のことは気になっていたのだろう。私は彼女が手紙を読むのをじっと見ていたけれど、段々と彼女の手が震え始めた。


「お母様は……エヴァ様は、お元気ですか?」


「ええ。年老いてはおりましたが、元気です。今、うちのお師匠様が会いに行っております」


「ああ……思い出したわ。リボン刺繍の魔女アルミラ様。お母様のお友達よね。その娘さんが、わざわざありがとうございます」


 丁寧に一礼された後で、彼女はポロポロと泣き出した。きっと、よっぽど心配だったのだろう。


「その、本来なら遠くから来てくださったあなたを、もてなすべきだとわかっているのですが。お母様に……会いたくなってしまって」


「構いません。近くにしばらく滞在しますから」


「お顔を見せたら、きっと喜んでくださりますよ」


 ルイスにもそう背中を押されて、彼女は小さく頷き「失礼します」と扉を閉じた。しばらくバタバタと騒がしい声が聞こえた後、静かになる。


「マスター、これからどうします?」


「うーん……」


 ルイスにそう言われて、私は空模様を見上げた。まだ、日が暮れるまでには時間がある。


「今夜はどこかの宿に泊まって、ゆっくりしましょうか」


「やったー! ふかふかのベッドだー!」


「ふかふかかは、行ってみないとわからないけれどね」


 喜んだアワユキが抱きついてくるのを撫でてやりながら、私はゆっくり歩き出した。

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