第364話 クロスステッチの魔女、旅空を急ぐ
私は普段より少し飛ばして、旅路を急いだ。こういう時、私も《扉》を使えたら良いのにと思ってしまう。お師匠様に連れて行って貰えばよかったかも、とは少し思ったけれど、長年のご友人との再会に水は差せなかったし、当時は浮かばなかった。
「落ち着いたら、魔法の練習しよっと」
そう言いながら追い風の力を借りて、箒の速度を私に扱えるギリギリまで上げた。もう少しだけ早くしてもいけるかもしれないけれど、多分間違いなく、事故を起こす自信がある。そんなことになったら、まず箒の修理で数日かかるだろうというのがあった。数日だなんて大したことはないかもしれないけれど、ややこしいことになるのは嫌だし、あんまりゆっくりしてると弟子だという魔女のソフィに怒られそうな気がしている。
「マスター、こんなに速く箒飛ばせたんですねー!」
「速いはやーい!」
「落ちないように気をつけてね!?」
そんな話をしながら日暮まで飛んで、寝て、また飛んで。採取してる暇もなかったし、しばらく食事は魔法で出すパンだけだった。二人には我慢をさせてしまったけれど、いい子なので何も不満を言ったりしない。
……もしかしたら、普通に飛んでも余裕で間に合って、何事もなく終われるかもしれない。そう思うけれど、同時に私は気づいてしまったのだ。一日の重みがもう私から、失われていることに。だからあれだけ行き道はゆっくりできてしまったけれど、エヴァはもう老婆だ。私のいた村だったら、お迎えが来そうと言われていたほどに年を取っている。あの村では、少し違うかもしれないけれど。
「魔女の私達が一日一日をダラダラと採取したりして過ごしてしまう間に、魔女をやめた彼女の命は終わりに向かっていくのだと思ったら、箒がどんどん早くなって行ってしまうの」
「マスターの心に、箒が応えたんでしょうね。でも箒は少し傷んでますし、今日は国境の関所を越えたじゃないですか。明日はちょっぴり、ゆっくり飛んでもいいと思いますよ」
国境を越えた日の夜にルイスからそう言われて、もう一度、《探し》の魔法を使った。蝶に変わったそれを明日追いかけることにして、目を閉じる。
――夢を見た。私が忘れていたもの、わたしが振り捨ててきたものが追いかけてくる。強い風に顔を庇った手は、たるんでシワだらけになる。老いることから遠ざかることは、最初はどうでもよかった。見習い魔女になったのはまだ大人と呼ぶにも未熟な頃で、縁のないものだったから。だからエヴァがわからなくて、気が急いてしまうに違いなかった。
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