第363話 クロスステッチの魔女、お師匠様に連絡を取る
「私の一番弟子には、家と《ドール》と色んなものを継がせたの。元々住んでたのが、ここね」
別れ際にエヴァが教えてくれたのは、さらに家から離れた隣国の名前だった。お師匠様に一応その旨を伝えるために、水晶の波を送る。
『クロスステッチの魔女? エヴァには会えた?』
「魔女やめて、おばあちゃんになってましたよ。お手紙の返事をもらってます。彼女のお弟子さんを紹介されたんですが、さらに遠いんですよね……」
そこで待ってるように、と言いつけられて水晶に映ったお師匠様が消えた。すぐに水晶の上にリボンでできた《虚繋ぎの扉》が現れ、開いた中からお師匠様が現れる。
「エヴァはっ!?」
「あそこの村で、羊飼いの妻のエヴァをしてました。お返事はこちらです」
いつもより身支度が心なしか雑な状態で駆けつけてきたお師匠様に手紙を渡すと、ひったくるようにして手紙を開封された。その顔は心配とか安心とかの感情で混沌としていて――それは、まだ私にはわからない感情だった。
私に魔女になる前、友達はいなかった。魔女になってからの数少ない友達はまだ、誰も魔女をやめていない。だから、そんな風に誰かを惜しんだことはないし、多分、しばらくは無縁の話だった。
「……急に結婚するから魔女やめる、って手紙ひとつだけ寄越してきて。そのうち会いに行こうなんて思ってる間に、五十年も経ってしまったわ」
しみじみとそう言いながら手紙を読み終え、お師匠様は「早くソフィにも知らせておやり。多分、直接行った方が組合を通すより早いよ」と私に言い残して足早に村に向かっていった。早速、会いにいったのだろう。
「怒涛の勢い!って感じでしたね」
「すごかったー、主様に怒るより速そうだった!」
「基本は魔女になると、時間を惜しまなくなると言われるけど……あれは仕方ないわね」
私は村の方に消えていくお師匠様の方を見送ってから、刺繍を始めた。
「今度は少し、急いであげた方がいいと思うから――《探せ》」
魔法で探すのはエヴァの弟子。名前は確か、ガラス細工の魔女ソフィ。今度は無事に魔法が働いて、リボンが鳥になった。少し遠いらしい。
「このおつかい終わったら、どこかでゆっくりしたいわ」
「それこそソフィ様に、おすすめの場所でも聞いてみましょうよ」
「それがいいかも!」
鳥を追いかけるように箒に乗って、地面を蹴る。また私は魔女になって、空を飛ぶ。エヴァはもう飛ばないのだろう。風を切って飛ぶ楽しさより、美しいものを作り出すより、一家庭の主婦がいいという気持ちは、やっぱりわからなかった。
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