第360話 魔女をやめた魔女、昔を思い返す
かつては、ガラス細工の魔女エヴァと呼ばれていた。今となっては長い、五十年以上前の話である。
「荷物整理……中々大変だわねぇ」
朝起きれば、節々が痛む。豊かで黒々としていた髪は白く細くなり、肌はとうに張りをなくして皺だらけになった。魔法の衣で変身したのと違い、これは不可逆だ。戻ることはない。
子供を産んで体型が変わった時も、太り始めた時も、それを後悔したことはなかった。とはいえ今は少しだけ……思い出に浸って進まない片付けを終わらせるために、若い姿に戻りたいと思ってしまう。こうして過去に浸るのは、頭まで老いてしまった証拠だろうか。なりたくてなったのではなく、メルチを求めたのが最初なのに。
「随分と遅くなってしまったけれど、魔女もちゃんと、年老いて死ぬのね」
少し遠くなった耳でも、訪問者が空からやってきた話は聞こえていた。ハルシカの村に旅人は来ても、魔女が来ることはあまりない。魔女が欲しがるような草は少なく、羊毛の質がいいとはいえ普通の羊では魔女の用を満たさないのだ。だから、大体の魔女は通り過ぎてしまう。
自分には関係のない話だと思っていた魔女が、次の日、家に来た。ガラス細工の魔女エヴァを探していたのだと言われてどきりとするが、単に同じ名前を持つ老女を紹介されただけらしい。黒髪に青い目の魔女は、少年型の《ドール》を一体、ぬいぐるみ型の《精霊人形》を一体、そして何故か腰に《ドール》の核を収めた瓶をぶら下げていた。
「お師匠様から、ガラス細工の魔女エヴァという魔女を紹介されたんです。この子のために」
この子、と言って彼女は瓶に触れた。眺めているだけではわからないけれど、もしかしたら何か問題のある核なのかもしれない。
『あんたの弟子達も心配しているよ。本当に魔女をやめたのなら、お別れの前に一度くらい会っておやり』
弟子達に会えば、振り切ったはずの魔女への未練が湧くのかもしれないと思った。だから、ここに住むことも言わずに、魔女をやめるとだけ言ってすべてを弟子達に分けて出た。マスターと呼んで砂糖菓子をねだる《ドール》を見ていると、弟子達に受け継がせたあの子達にもちゃんとお別れを言いたくなった。
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