第359話 クロスステッチの魔女、魔女を辞めた魔女と話す

「……やっぱり、あなたがガラス細工の魔女エヴァ様でしたか」


「魔女なのにシワシワ!」


「こら、アワユキ。失礼なこと言わないの」


 いきなり率直すぎることを言い出したアワユキを抑えて膝に乗せると、「アルミラの弟子ねぇ、初めて見る顔だけど」と言われた。なのでお師匠様からの手紙を見せる。


「いつ弟子になったの?」


「二十年ほど前です。えぇと……多分、まだ三十年は経ってないはず。恥ずかしながら、まだ四等級ですけれど」


 そう、と言って彼女が封蝋に触れると、澄んだ音を立てて封蝋が壊れた。魔法のかかった細工の封蝋は、あて先の人だけが開けられるという話を思い出す。


「彼女と最後に連絡を取ったのは五十年前だったかしら。この村に落ち着くって話をしていたのよね」


 ガラス細工の魔女エヴァ、と名乗ってから、彼女の背は心なしかしゃんと伸びた気がした。話し方の発音にも、お師匠様や上級魔女達に時折感じる古めかしい音が混じる。


「レノクと出会って、彼と結婚するって決めた時、魔女をやめることを考えたの。彼は反対したけどね。いい男だったのよ……『長年美しいものを追いかけて来た、君の数十年を僕にくれないだろうか。僕が死んだら、君はまた美しいものを追いかけて欲しい。君に少しだけ、僕の側で足を止めて欲しい』が求婚の言葉だったの」


「まあ、素敵!」


 なんて情熱的な言葉だろうか。彼は自分と本当の意味で添い遂げられなくてもいいと思ったのだ。そしてエヴァは、足を止めた――魔女であることをやめて、本当に添い遂げた。


「今はちょっと荷物整理をしていてね、整理が付いたら彼を追いかけて町に行くつもりなのよ。年を取って体を悪くしたとはいえ、羊を追いかけたりする体力がなくなっただけで、まだ頭ははっきりしているしね」


 エヴァが見せてくれたのは、小さな一枚の絵だった。豊かな黒髪の美しい女と、背の高い茶髪の男が、二人で婚礼の白い服を着て笑っている。下の飾り文字には『レノクとエヴァ、結婚の記念に』と書かれているのが私の学でもなんとか読めた。


「いい人なんですね、レノクさん」


「彼と子供達っていう、どんな細工よりも綺麗なものを見つけてしまったの。そうしたら、私は魔女を続ける気がなくなってしまったわ。彼と子供達と一緒に年を取って、いずれ死んでいきたいと思った」


 エヴァは手紙の字をもう一度指でなぞった後、私が腰にぶら下げていた核に目をやった。「懐かしいねぇ」と呟いた。

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