第357話 クロスステッチの魔女、老婆と会う

 次の日、私は村長の奥さんに連れられてエヴァに会いに行くことにした。


「あそこは旦那のレノクが羊飼いをしていたから、村から少し外れたところに家を建てておりましてな。わしが嫁に来た頃には、エヴァが惚れ込んで嫁に押しかけてきた家だと言われておりました」


「まあ、仲がおよろしいんですね」


「レノクは今、歳で体を悪くして、息子の一人と町におります。が、エヴァもついていくかと思ったら、残ると言ったから驚きましたとも!

旦那の帰りを待つんだって、健気な話です。皺くちゃの婆が言って、綺麗な物語にはなりますまいがね」


 ほほほ、と冗談めかして笑った彼女が、一軒の家の前で足を止めた。赤い屋根の、あちこちに修繕した後のある小さな家だった。ドンドン、と村長の妻が扉を叩いて呼ばう。


「エヴァ、エヴァや、あんたにお客さんだよ、魔女様だ」


 しばらくすると、嗄れた女の声が「なんだい朝早くに!」と言いながら扉を開けた。ちなみに、今は別段朝早いわけではない。ゆっくり起きて朝ごはんもいただいた後で、お日様もしっかり世界を照らして暖めている。


「魔女……あれまあ、その首飾りは本当に魔女かい! 上がっておくれ、今お茶を出すからねえ。お人形もぬいぐるみもついておいで」


 私のことを出迎えたのは、随分と皺くちゃの老婆だった。本来であれば息子や娘に世話を焼かれてそうなほど小さく、腰も曲がっているのに、杖を使いつつではあったが元気に出てきている。私のことも杖を使ってない手でひょいと掴み、あっという間に家に引き込んでしまった。


「それでは魔女様、仕事がありますのでまた後ほど」


 そして私をここまで連れてきた村長の妻は、私を置いて戻って行ってしまった。


 家の中は羊毛のフェルトで作られた膝掛けや、木彫りの人形、様々なものが散らばっていた。彼女の実子か、村の子供達のものだろう。色が多くて目に明るい部屋に椅子が出されてきて、勧められるままに座った。


「魔女様やそのお人形達を見るのも、随分と久しぶりだこと。この村に嫁に来てからはとんとご無沙汰でねえ。紅茶を淹れるから、少しお待ち」


「ねーねー主様、あの人はどうしてあんなにシワシワなの?」


「アワユキ、それはあの人が人間の中では歳をとっているからよ」


「それでもすっごいシワシワ!」


 アワユキは邪気や悪意ではなく、本当に単純に気になるからそう言ったようだ。そんな彼女に謝らせていると、エヴァは「いーえこんな皺くちゃ婆ですもの」と言いながら熱いお茶を差し出してくれた。

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