第355話 クロスステッチの魔女、目的地に辿り着く

 山を越えてしまえば、目的地は近いはずだった。とはいえ私の持っている地図には、細かい村々までは載っていない。


「そういう時はやっぱり、これよね」


 私は《探し》の魔法の刺繍を作り終えて、糸の始末をした。探す対象はもちろん、ガラス細工の魔女エヴァだ。


「――探せ」


 そう言って刺繍したリボンに魔力を吹き込む。普段であれば、距離に応じて蝶や鳥や竜に変わるはずのリボンは、しかしいくら待っても変じることがなかった。


「あれ?」


「マスターが魔法を失敗するだなんて、最近は珍しくないですか?」


「かも。もう一回やってみるね――探せ、探しなさいったら!」


 魔力を吹き込みすぎてリボンがほんのり金色に光るまでに至ったというのに、何の形にもならないリボンは私の手の中でくったりとしていた。もしかして、と気づいた時には時すでに遅く、メラメラと金色の光の粉を吹いてリボンが燃え上がってしまった。


「大変、やっちゃった!」


 手に走る熱さに慌てて手を離すと、しばらくリボンは勢いよく金色の粉を吹いていたかと思うと、燃え尽きて消えてしまった。金色の粉も、地面に落ちてはいない。その前に消えてしまったのだ。


「主様、今のどうしたのー? きらきら、綺麗ねぇ」


「魔法の暴発だから、そうポンポンあって欲しくない話だわ……魔力が足りないのかと思って吹き込み続けてたら、やりすぎて壊れてしまったの。箒も、日頃の魔法で使ってる色んなものも、あなた達もそうよ。最近はちゃんと、こうなる前に止められてたんだけど……」


 久しぶりの失敗にしょげてしまいながら、原因を考える。使う機会が増えてきたから、魔法の図案そのものの刺し間違えはあまりない、はず、だ。多分きっと。魔法の図案は間違っていなくて刺し違えが起きていなかったとすれば、原因はひとつしかない。


「ガラス細工の魔女エヴァが、もういない可能性は十分考えておくべきだわ」


「あ、なるほど、探し相手がいないから魔法が不発に終わったと……?」


 いない、の意味をどう考えるかにもよるのだけど、と言いながら、私はもう一度刺繍を始めた。今度はガラス細工の魔女エヴァではなく、別の名前を刺す。『ハルシカ村』……お師匠様が言っていた、エヴァ様が住んでるかもしれないと言われた村だ。今度は、ちゃんと成功した。


「よしっ。村に行ってみて、話を聞いてみることにするわ」


「確かに……きっと何かを知ってる人が、いるかもしれませんからね」


 幸い蝶が出たから、指し示す方向に進めばその日のうちに村が見えてきた。

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