第353話 クロスステッチの魔女、魔女のやめ方の話をする
「マスター、そういえば気になっていたんですけれど」
焚き火を熾してお茶を淹れていると、ルイスがそう聞いてきた。私が「何かしら」と聞くと、彼は木のコップを握りながら考え考え、私に言った。
「魔女って、やめられるんですか? そんなようなことを仰ってましたけれど……」
「やめられるわよ。やめたいとすぐに言い出さないように、そういう人は魔女にならないけどね」
見習いの間に事前に篩い分けされているとしても、いざ長い時間を生きているうちに、魔女として生きることをやめたいと思ってしまうことがある。長い時間を生きて、美しいものを追いかけ続ける生き方に向いた人間が魔女になる。けれど、魔女もまた永遠ではない。
「作風が変わるように、何か自分を変える出来事が起きて……、その結果、永遠を手放す人はいるんですって。手放し方はふたつ。ひとつは、首飾りをしっかりした手続きで手放して、人間と同じように歳をとって朽ちていくやり方。もうひとつは、処罰を受けて首飾りを取り上げられ、人間に堕とされるもの。魔女のまま生きることに飽いて眠る者もいれば、このどちらかで永遠を手放す者もいる。まあ、私はまだまだどれもやる気はないけれどね」
「あの、前にいた……《裁縫鋏》は、魔女ではない魔女なんでしょうか」
あの姿を思い返す。首をぐるりと囲んでいる輪のことを。
「魔女をやめされられた魔女のはずよ。だからそのうち人間として朽ちて死んでいくと思われていたけれど、どうも違うらしい、のよねえ。あの黒い輪……《ターリアのくびき》は、一番重い罰の刺青だもの。もう魔女として永遠を生きることはできず、美しいものを見ても魔力を引き出すことはできず……、そもそも美しいと感じ取ることも難しいらしいんだけど……、とにかく、そうやって人間として無為に死んでいくという罰よ」
温かいお茶をルイスのコップに注いでやってから、私自身のコップにも紅茶をたっぷり注いだ。少しジャムを落として、甘い味にする。
「どうしますかね、お会いしに行った先で魔女をやめておられたら」
「どうしようかしら……その時はとにかくお師匠様に連絡ね。それと、なんで魔女をやめたのか次第かも。自分の意志で魔女をやめたならいいけど、処罰だったらねぇ」
一口熱い紅茶を啜って考え込んでも、どうせ答えは出ないのだった。例えば人間として朽ちながら寄り添いたい相手ができたので永遠をやめるのなら、それはきっと祝福されることなのだから。
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