第351話 クロスステッチの魔女、狩人と別れる
「魔女様、ありがとうございます! 一生の思い出になりました」
屋根を直したハンスを下ろしてやると、そう言って頭を下げた彼は早々と戻っていった。これでお別れだから箒に跨って去ろうかと思ったら、どたんばたんという物音と共に「ちょっと待っててください!!!」という声がする。
「どうやら、まだご用があるようですね」
「そんなに急ぐ旅でもないけど……何かまだ頼みがあるのかしら?」
「なんだろー? お礼とか?」
ルイスやアワユキとそう話しながら少し待っていると、しばらくしてハンスが出てきた。その手にはジャムの瓶と、白いウサギの毛皮がある。
「こ、これ、お礼です……それと、おいしいって言ってくださったから、ジャムも」
「まあ!」
ハンスが本当に親切でそう言ってくれたのが表情でわかり、私は嬉しくなってしまった。高々人一人、箒で上げ下ろししただけなのにこんなにもらってしまうだなんて。慌てて詰めたのだろう、ジャムは少し蓋についていたのが嬉しかった。
「魔女様、このことはみんなに自慢します。よい旅を!」
「わざわざありがとうね、ハンス」
「もこもこのうさぎの毛皮だー!」
「ありがとうございました」
ハンスに見送られて、私達はまた箒で浮き上がる。箒で空を飛ぶことに、疲労を感じないわけではない。魔力は使ってしまうし、箒にずっと乗っていること自体は歩くことと同じように疲れることだ。魔女によっては《扉》の魔法や、歩くことを好む魔女もいる。でも、箒で空を飛ぶことが私は好きだった。だってその方が、魔女らしいと思うのだから。炉端の寝物語や吟遊詩人の歌でも、魔女は箒で空を飛ぶものだった。
「お師匠様が言ってた村までは、あの山脈を越えないといけないのよねぇ……あれだけしっかりした山を越えるのは魔女になってからまだあんまりしたことないけど、まあ飛べるんだし大丈夫でしょう」
「それ本当に大丈夫なんですか? ……いえ、僕達も当然ついていきますし、できるお手伝いはしますからね!」
「アワユキもー!」
そんな会話をしながら飛んだものの、夜までに山脈の裾野まで行くことはできなかった。さすがに遠かったから、仕方ない。家の明かりは近くに見えないので、今日も野宿をすることになった。
「マスター、僕、山登りってしたことないかもです」
「そう? じゃあ少し、歩いてみてもいいかもしれないわね。これくらい高い山なら、高いところに特有の植物が生えるのよ。それを採ってもいいものね」
私はそんな話をしながら、今日は眠ることにした。
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