第350話 クロスステッチの魔女、箒の二人乗りをする

 ――思っていたよりも、人間って、結構、重い。それが、地面を蹴って最初の感想だった。いつものように簡単には浮き上がらない箒を宥めながら、ほんの少しだけ足先と地面の間にできた空間を広げていくように飛ぶ。ハンスを落とすわけにもいかないから、慎重に上へ起き上がるのだ。


「お、おおお、俺、飛んでる!?」


 お師匠様は魔女になりたいとついていくことにした私を乗せて飛ぶ時も、さらりと飛んでいたけれど――やっぱり、簡単なことではなかったらしい。


「人を乗せてるもの、ゆっくり慎重に飛ぶからね。遅いけど勘弁してもらうわ」


「い、いえ、お願いを聞いてくださっただけで幸いで、っわぁ!?」


 いつもなら簡単に浮く高さまで時間をかけて浮いても、それを知らないハンスは感動の声を上げてくれた。少し上の方から見下ろした程度の景色だけど、飛んだことがない人間には驚くべきものなのだろう。そういえば、私もそうだった。浮けるようになってからが楽しくて、一度浮き上がってからは箒の練習を熱心にしていた気がする。


「まだ窓くらいの高さだからね。もうちょっと浮くわよ」


「空を飛ぶのって楽しいですよね」


 ルイスが嬉しそうにそう言うから、空を飛べるためのジャケットを買ってあげた判断はやっぱり間違いではなかったとわかる。私達の速さに合わせて、ルイスはふわふわと周囲を浮いてくれていた。私の《ドール》達はどちらも自分の力で飛べるようにしているから、今腰で浮いている核に体を与えた時、この子にも空を飛べるよう魔法を用意してあげようと思う。


「ここ最近はずっとこの狩小屋にいたけれど、ほんの少し高さが変わっただけで、全然違う場所みたいです! ありがとうございます、魔女様!」


 私が通りかからなくても、きっとこの男は屋根を直していただろう。はしごを立てかけて、それによじ登るだけで、魔法も何も必要ない。けれど景色を途中で見ることはなかったかもしれないし、足が何も踏まない感覚を味わうこともなかったろう。


「屋根を直して、無事に降りてから礼を言うものじゃないかしら? ほら、もうすぐ着くわよ」


 普段よりたっぷりと時間をかけて、屋根にハンスを送り届けられた時は内心で私が安堵していた。そのまま軽くなった箒に座って、ハンスが屋根をなんの気なしに見ている。

 やること自体は木の板を屋根に打ち付けるだけの珍しくない作業でも、前後で魔女の箒に乗るという珍しい経験をするからだろう。鼻歌なんかも歌って、ご機嫌そうだった。

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