第349話 クロスステッチの魔女、狩人の頼みを引き受ける

 ハンスの頼みというのは、傷んで開いてしまった屋根を直すために自分を屋根の上に上げて欲しいというものだった。確かに屋根の一部に穴が開いていて、今もそこから陽の光が漏れてきている。漏れるのはそれだけではないらしく、その真下には雨漏りを受け止めるための桶があった。


「そこは魔女に直して欲しいとかではなくて?」


 思わず聞いてしまった。魔女は空を飛べるから、屋根に上がるのだなんて簡単だ。その程度の高さへ飛ぶくらいなら、見習いの魔女でもあまり難しい話ではない。


「あー、魔女や魔法に信用がないわけじゃないんだ、です。気を悪くしねぇでください。単に俺が、自分の手を動かして自分で直したって思った方が安心できるって、それだけの話で」


 たまに――多くは、歳をとった人間の中に。魔女や魔法に対して、信用のない者がいる。そういう人達が魔女に何か嫌なことをされたのかといえば、大体はそうではなく。魔女を恐れているのではなく、歳をとって経験を積んだ分、自分のわからないことを恐れるのだ。魔女はどんなに長く生きても、あまりそうなることはない。歳を取らなくなった頃から、そのあたりの感覚も人間とずれるのだ。


「職人のようなことを言うのね。直す道具はあるの?」


「へえ、あります」


 じゃあ早速飛ばしてあげる、と私は立ち上がって箒を手に取った。ハンスは釘やトンカチを真っ赤な道具箱から取り出し、小屋の一角に立てかけられていた木の板を何枚か持って私の後ろからついてきた。


「魔女様、その……そんな細っこい箒、俺、乗ったら折れちまわないでしょうか?」


「そんなこと言われても私、他に空を飛ぶ手段は使わないのよねぇ……まあ、魔女の箒は頑丈だもの」


 そう言いながら、私は箒の房に《浮遊》の魔法を重ねがけして、カバンの奥底からクッションを出してきた。今となっては慣れたものだけれど、やっぱり細い箒に跨り続けるというのは疲れる。だから、特に箒に乗り始めた頃の魔女はクッションが必要だった。ルイスのクッションを一度外してから、《疲労軽減》の魔法のかかった私のお古を箒の前の方に乗せる。


「このクッションに座って、しっかり足の力で箒を挟んでいてね。私も後ろにいて、一緒に乗るから」


「わかりやした、魔女様」


 神妙な顔をしたハンスが箒に跨がるのを前に見ながら、私自身も箒に乗る。


「二人乗りなんてほとんどしたことないから、もっと飛びたいと言われても屋根の上に行って戻るだけだからね?」


 ハンスがこくこくと頷く。私は彼を挟み込むようにして柄を握り、地面を蹴った。

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