第341話 クロスステッチの魔女、株分けする

 結局、ルイスの了承をもって株分けは行われた。ひとつの核はひとつの心を持つようになっている以上、心がふたつになっておかしな事態を起こさないようにする、ということで、お師匠様も良いと言ってくださった。実際の株分けは、お師匠様がされる。ルイスは私がやってくれることを期待しているようだったけれど、怖くてそんなことはできなかった。少し、後で謝らないといけないと思う。


「滅多にないことだけど、ないわけではない。いい? 分ける時は必ず、今回のようにでっぱりが……もうひとつの心の芽があることを、必ず確認してからやるんだ。そうでない状態でこんなことしたら、どちらの心にも大きな傷を残すし、大半は失敗する。こうやって分かれることもかなり珍しいね。百年くらい前に一回あったきりかも」


 そう言いながら、特別な魔法を織られて刺繍もされた手袋をつけ、魔銀の小さなハサミで少しずつ、お師匠様はルイスの中のもうひとりの心の芽を引き出された。絡まり合った糸を丁寧に解き、時には玉に結ばれたそれを切って。


「早く布を広げなさいな」


「はいっ!」


 私は助手としてその技を見ながら、できることをしていた。魔力の薬液でひたひたに濡らした布を広げ、引き出された心の芽を白い布で丁寧にくるむ。芽から伸びる糸が、私の広げた布に絡みついた。手のひらに乗るよりも少し小さい程度の、魔絹の糸を鎮静草の白い花で染めたものだ。お師匠様の庭にこの花があって、とても助かった。ルイスの核を一時期漬けていた、濃い方の薬液が滴るほどに浸してある。優しく、優しくくるむ。赤ん坊をくるんでやるように。


「《ドール》の核に何かあって、株分けでなくても手を加える時はね。傷に布を当ててやるように、この布を使って覆ってやるんだ。そのうち核が布を取り込み始めるけれど、そのままにしてやるんだよ。魔力があるからね……さ、ルイスもくるんでおやり」


 もうひとりを引き出した分空いた穴を、お師匠様は魔銀の針に光る糸――ルイスの核から伸びる糸の一部らしい――でかがって、塞いでいく。やりたいです、と言おうとしている間に、もう穴は塞がっていた。同じ液体で浸した同じ布で、ルイスも優しくくるんでやる。それから、ふたりをそれぞれの小瓶に入れて薬液を注ぎかけた。


「これで株分けは終わりだよ。ルイスはまぁ、傷が塞がったら体に戻せばいいとはいえ……あとはこっちが、核になるかどうかだね。それからその間に、体も用意してやらないと」


 お師匠様はそう仰って、私の口に「お疲れ様」と砂糖菓子を放り込んだ。

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