第337話 クロスステッチの魔女、その名前を聞く

「お師匠様、私はルイスの心の中に潜りました。その中に――もう一人の、ルイスがいたのです。名前を消される前の、あの子の心が」


「ひとつの身体と核に、心がふたつあったというのかい?」


 はい、とお師匠様の言葉に頷いた。お師匠様は「そうかい……」と小さく言って、お茶を一口飲んだ。


「それは、珍しいことだね。あまり聞いたことはないけれど……あるとしたら、やっぱりあれかね。前と今のルイスの環境があまりに違うから、名前を消しても心に違和感とか、違いが積み重なっているんだろうよ」


 私はお師匠様に、ルイスの心の中で見た光景を話した。自分で自分の《ドール》を壊すようなことをする、恐ろしい魔女のことも。私にとって許せない、あのおぞましいことをしてきた魔女。


「あんな魔女がいるだなんて、思ってもみなかったんです。あんな……あんな。自分で自分のものを壊すような、恐ろしいこと!」


 そう嘆く私に、お師匠様はお茶を淹れてくれた。一口飲むと、いつも飲むお茶より渋い。お師匠様ご自身が淹れたお茶だからだろう。イース達が淹れるお茶はおいしいのだけれど、お師匠様は何百年経ってもお茶を淹れたりするのが中々うまくならないらしい。


「いるらしいんだよね、そういう魔女。あたしもどうかと思うんだけど、何故かいるらしい。《裁縫鋏》の一党の一人として、名前だけは聞いたことのある奴だ」


 お師匠様は、そう言ってため息をついた。まだ若い私が近づいてはいけないという、恐ろしい魔女の一人。そんな魔女の《ドール》が手元に、と思うと一瞬おののいたけれど、考えてみたら中古の店で売られていたような子だ。きっと、その魔女ももう手放したのだろう。だから、私のところまでルイスは流れて来たのだ。


「その魔女、なんて名前なんですか? その……何かあった時、出会ってしまった時、逃げられるようにしないといけないですし」


「なるほど、確かにそうかもしれないね。それじゃあ、名乗りを教えておこう。名前はあたしも知らないんだ」


 そう言いはしたものの、お師匠様は私にあの女の名乗りを教えてくれるまで少し迷っていたような気がした。名前を伏せているのは、果たしてなくしたからか隠しているからか。


「そいつは、バロックの魔女という。物を壊して魔法を使いたがる、魔女の中でも特に変わったものを美しいと思う魔女でね。基本は自分の持っているものばかり壊しているらしい女とはいえ……そうか、ルイスはあの魔女の《ドール》だったのか」


 お師匠様はそう言って、ルイスの方にちらりと目をやった。

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