第335話 クロスステッチの魔女、お師匠様にこってり叱られる

「お師匠様、ごめんなさい! ルイスの《核》に不用意に触りました!」


 開口一番にそう謝ると、お師匠様は呆れきった顔で「だと思った」と返してきた。愚痴混じりの呟きを拾う限りだと、私がある日突然家から消えて、その魔力がルイスの《核》から感じられたことで事態は察せていたらしい。


「アワユキが寂しがっていたから、あんたの代わりに夏に重宝したりしていたよ。契約したのはあんたなんだから、その分みんな愛してやんなさい」


「反省してます……」


 さらにお説教が長引きそうだったものの、その前に当のアワユキが突っ込んできた。


「主様――! さみしかった――!」


「うん、ごめん、ごめんなさいアワユキ、だから首はぐえっ」


 まだ胸であれば受け止めてやることができたものの、いくら綿と毛皮で柔らかい体とはいえそれなりの速度で突っ込まれたら痛い。魔女じゃなかったら、多分死んでたと思う。首に巻きついてこようとしてぶつかってきたアワユキを撫でてやると、少し肌が濡れた。泣かせてしまったので、そのまましばらく撫でてやることにする。


「お師匠様、相談したいことがあります。後で私の話を、聞いてくれますか?」


「また厄介ごとを背負い込んだのかい……」


「どちらかというと、その前段階です」


 そうは前置きできたものの、実際に話せるまでには多少なりとも時間がかかった。

 まず、落ち着いた《核》をルイスに戻してやる作業があった。人形用のベッドで眠っている体に、革手袋をして薬液から取り出した《核》を染み込ませる。しっかり馴染むまで一応置いてやってから、名前を呼んでルイスを起こした。


「おはよう、ルイス。気分はどう?」


「はい――ご迷惑をおかけしてしまったような、気がします。眠っていた間に色々な夢を見てた実感と、マスターに助けてもらった感謝だけは――覚えてます」


 まだ起きてすぐだから人間のように、少し寝ぼけた調子でルイスはそう言った。私の首に巻きついていたアワユキがまた突撃しそうになったので、咄嗟に「アワユキ、あんまり勢いよくぶつかっちゃダメよ」と言い聞かせて私の二の舞を防ぐ。


「寂しかったよぅ、兄様のばか――!」


「うん、ごめんねアワユキ」


 イースやステュー、お師匠様やお客様にも構われていたものの、一番身近だった私達がいないことで寂しい思いをさせてしまったらしい。ルイスにはしばらく横になって、ゆっくり体を動かし始めるようにとお師匠様からお達しがあった。見張りと称してアワユキがルイスのベッドに潜り込み、二人して眠ってしまった様子を見てこっそりと寝室を出る。

 食事をする部屋でお酒を飲んでいるお師匠様と目があって、「座りなさい」と言われた。目の前の椅子に座り、覚悟は決めていたお説教をこんこんと受ける。薬液の危険性や、指示を守らなかったことについて、ルイスに干渉して起こしたことについて。お話が一区切りしたところで、私はお師匠様に相談を持ちかけようと口を開いた。

 月は沈みつつある。

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