第334話 クロスステッチの魔女、もう一人の《ドール》と別れる

 ルイスともう一人の背中に腕を回してやると、どちらのルイスも不安そうに私の服の裾を掴んだ。


「『あなた』に気づけなくて、ごめんなさいね。ルイスも、私をマスターと呼んでくれてありがとう」


 元が同じだからだろうか、二人とも同じ仕草で首を横に振った。頭を撫でるとルイスの髪は私が手入れしてるから指通りよくサラサラとしていて、もう一人の方は本当に何もしてもらえてなかったからかひどく指に絡まる。おまけに、少し触っただけで髪が何本か抜けてしまっていた。多分、こういうところに回す魔力が足りていなかった時期が長くて、自分の中の魔力の循環として思い描けないのだろう。今では体のない状態だというのに。


「あ」


 ふと、思い付いたことがあった。手のひらに乗るほど小さな《ドール》を、見せてもらった記憶が蘇る。小粒の心のカケラしか採れなくて、核に仕立てたとしても大した大きさにならない時、そういう核は体の大きな《ドール》の体に入ることができない。隅々まで魔力を回すことができず、魔力の巡らない箇所から崩れていくのだそうだ。ルイスは逆に、この大きなの《ドール》にしては核が大きいから、全身にこの上なく魔力が漲っているけれど。


「あのね、お師匠様にできるか聞いてみないことがあるから……私とルイスを一度、元の世界に戻してくれる?」


 私の服の裾がさらにきゅっと掴まれる。私がわかってもらえるように願いを込めて撫でると、ひび割れから魔力と陶磁器の粉が零れた。これだけボロボロの姿が、自分自身だと焼き付けられるような……そんな暮らしをしていた、ルイスになる前のルイスを哀れに思う。でも、時間を戻してはこの子を助けられない。それでも、何もできずルイスの中にこの子が残り続けて私に手出しができない、というのが嫌だった。


「わかってくれるかしら。できるか私にはわからないから、今は何も言えないの。ぬか喜びは、させたくないわ」


『…………わかった』


「いい子ね。賢い子だわ」


 粉をふいた頬を撫でてそう言うと、その子は小さく頷いた。ルイスを夢に留めさせテイルのはこの子によるものだから、この子が望めば私達はお師匠様の家に戻れる。


『……じゃあね、新しい僕。新しい僕のマスターが、僕にも触れてくれて、嬉しかった』


「ええ、さようなら、前の僕」


 とりたてて、特別な仕草や魔法があるわけではなく。私達の周囲は白く眩む光に包まれ、自分達の姿はほつれて消えていき、気がつくと――


「クロスステッチの魔女、話があるよ。話題はわかってるね?」


 青々とした夏の木が見える窓の前に、仁王立ちするお師匠様がいた。

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