第333話 クロスステッチの魔女、もう一人の《ドール》を知る
私の前に、ルイスのすぐ隣に、その子は現れた。手入れのされていないぐしゃぐしゃの短い銀髪に、片方が虚ろな赤い瞳。傷だらけの体にはあちこちに穴が開いていて、魔力を漏らしながらヒビも入っていて、崩れてしまわないのが不思議なほどだった。夢の世界だから、動いてるのかもしれない。変わらないのは、タトゥーくらいだった。
『ずるい。綺麗に、されて、大事に、されて』
粉と魔力の燐光を散らしながら、その子は――ルイスと名付けられる前の、名前を消された心のカケラは、ルイスを睨む。嫉妬と羨望の目だった。名前を消された時に元の《ドール》の自我は消えて、新しくつけられた名前と人格だけがあると……事故などで記憶を失った人が、新しい名前や記憶で生き直すようなもので、上書きされるようなものだと、お師匠様は言っていたけれど。どうやら、それだけではないようだった。あの子とルイスの間で、あまりにも差があるからうまくまとまらなかったのだろうか。
「君は……僕、なんですよね」
『でも、お前は、僕じゃないと思ってる。こんなに傷だらけの僕は、自分じゃないって』
図星だったのか、ルイスが黙り込んだ。私には、驚きは然程ない。私が買った時、ルイスは本当にボロボロだったからだ。あの時少しだけ意識があるような振る舞いをしていたけれど、多分、あれは今のルイスの欠片だろう。今ここで涙が流せれば号泣できただろうこの子はそれより前、《名前消し》で消された別の名前を持つ心だと、私には直感できた。一度話し出したら、堰を切ったようにひび割れた言葉が溢れてくる。
『僕もお前になって消えてしまえたら、楽になれるだろうに。僕も、あったかいお茶を飲んで、マスターに撫でられて、綺麗な服着せてもらって、褒められたかった。ぎゅってして、欲しかった』
迷子の子供が途方に暮れて、思ったことをぽんぽん漏らしているようだった。私としてはこの子――《名前消し》された前の心ごと可愛がっていたつもりだけれど、うまく行っていなかったらしい。
「……それで、『今のルイス』に自分のことを知って欲しくて、こんなことをしたの?」
『うん。この僕自身が、オオカミの牙を見て、前に見たことあるって、そう思ったから。そこから、手を伸ばしたんだ。僕もオオカミのことはよくわかんなかったけど、きっと今しかないって』
怒られるのを恐れる、小さな子供の口ぶりでそう言った。ルイスが不安そうな顔で私の服を掴んでいる。
「おいで」
どうすればいいか、最善ではないかもしれなくても。私はその子に向かって、手を差し出していた。
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