第332話 クロスステッチの魔女、己の《ドール》を探し当てる
ルイスが《ドール》に――魂のすべてを焚べる
「ルイス、ルイス。迎えに来たわよ」
今まで何度か耳をくすぐっていた音が、止まった。色とりどりの絡まった糸玉のように、消えていた景色がまた再構成される。今までより数段強い力に、私のことも景色として織り込まれてしまわないよう、唇を少し噛んで自分を意識した。強い風に吹き飛ばされないよう踏ん張るのと同じで、立っているために必要なこと。
(私の名前は、クロスステッチの四等級魔女キーラ! ルイスのマスターで、あの子を迎えに来た魔女よ。しっかりなさい、私!)
自分の頬を思い切り叩いてみたかったところだけれど、残念ながら解けた景色の中では私の手足の先は多少ほどけてしまっていた。けれど、芯と魂を強くしてるから、大丈夫という自負がある。
「……マスター?」
心底不安そうな、おずおずとした声。それでもわかる。この声は、『私のルイス』の声だ。
景色がまた像を結ぶ。本を勢いよくめくる音と共に、私の《ドール》が大きな本の前に座り込んでいる光景が織り出されていった。赤と歯車の瞳に、球体関節の手足の、私が知ってる私のルイスの姿。もちろん体に穴なんて開いていないし、病気でもない。
「探しに来たの。何を……見ていたの?」
「誰かに……いいえ、あれは僕でした。ひどく聞きづらくて、耳を塞ぎたかったのに、ずっと消えなくて。僕に、言われたんです。『ねえ。自分の過去に興味はない?』って。僕は、今の暮らしが好きなのに、このままがよかったのに、声はやめてくれなくて、本をめくると何かを少しだけ思い出させられてきました」
ほら、と見せられた本の大半は文字が塗り潰され、焼け焦げ、敗れていた。ページそのものがむしり取られ、名残だけが本にくっついているのも多い。途中からは問題のないページで内容が読めるようになっていたが、その最初のページはルイスが私の家に来た日のことを書いていた。
「私にとっては、あなたの過去がどんなものでも、ルイスはルイスよ。私の《ドール》だもの」
銀色のふわふわした髪を撫でると、ルイスは色の違う瞳を細めて安心したように笑った。
『――――やだ』
突然、別の声が聞こえた。聞きづらくしわがれていて、あるいはひび割れていて、でも、何を言いたいのかが伝わってくる。不思議な声だった。
『ルイス、ばっかり。ずるい、そこを、どいてよ!』
「……姿をお見せ」
でも、姿を出させる前から、正体はどこかでわかっていた。
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