第330話 クロスステッチの魔女、恐ろしい魔女の声に耳を塞ぐ

 私が確か、弟子に入ってほどない頃だ。お師匠様は私に、こう仰られた。


『この世には、魔女が沢山いる。魔法に一番大切なのは、美しいと思う心。誰が何を美しいと思うかは、魔女によってそれぞれだ。だから、あんたにとって思いがけないものから魔法を引き出す魔女もいるかもしれない。けれど、それらを迂闊に否定してはいけないよ』


 そう語る声に、私は当時、よくわからずに頷いていた。お師匠様やお姉様達の見せる魔法は、私から見ても美しいモノだったから。その時は――その後何年も、私にはわからない美しさから魔法を引き出す魔女は現れなかった。初めて見た時は驚いて、それがどう美しく見えるのかを聞いたものだ。彼女は喜んで古い土の記憶を持つ石が持つ縞々模様と、古い生き物の屍の痕と、それに然るべき細工を施した結果生まれる美しさの話をしてくれた。

 けれど、この声の魔女は、ダメだ。自分が作ったわけではないものを壊し、悦に浸るこの女は。高かったと言うことは、買ったのだ。当時は欠けのない姿だった、ルイスのことを。


(そして、壊した――壊している。今も!)


 壊れたモノ、半壊したモノを直すでもなくそのまにするのが『美しい』とは、どうしても思えなかった。『傷を直してまで共にいたいということは愛だ』と話した、いつかの魔女の言葉とも違う。あれは、日々の暮らしで壊れてしまったモノを指していた。壊れたモノはただ、壊れてしまったモノなだけだ。わざと壊してだなんて、彼女も想定していなかったはずだ。しかも、直しすらしていない。ここには、そう……愛がない、のだ。少なくとも私は、あんなものを愛とは認めたくない。


「ルイス、ルイス、早く夢から覚めて戻っておいで。私はわざと壊すような魔女から、あなたのことを助けてあげたいの」


 気づいたら私は、耳を塞いでそう漏らしていた。しばらくすると、記憶の再生は終わったのだろうか。声は聞こえなくなって、ルイスのひび割れも落ち着いた。服を着ていないルイスの素肌に触れてみると、この時にはすでに刺青が彫り込まれていた。そういえば私は、どうしてこんなものを入られているのかを知らない。何か意味があるのかも、わからない。魔女が入れたひび割れは、刺青を避けるように広がっていた。


(まるで、これだけは壊していけないと思っているみたい)


 そんな風に、ふと考えてしまった。どうして今、そう思ったのかはわからない。でも一度そう思ったら、考えが頭の中にこびりついていたかのように取れなくて……怖かった。

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