第329話 クロスステッチの魔女、過去の欠片を拾う

 そこに広がっていたのは、小さくて粗末な部屋だった。私が人間の頃に与えられてた場所よりも、粗末かもしれない。ガラクタが溢れた物置のように見えるが、埃は積もっていなかった。窓から見えるのは、砂を振り撒いたような星空。そして、細い銀色の三日月だった。


「……ルイス?」


 古びた飴色の机の上に、一体の人形が転がされている。片目が落ちていて、お腹にある大きなひび割れを月の光が照らしていた。ひび割れ、というより、中心は向こう側が見えていたから、穴だ。魔力の光はこの間穴が開いてしまった時のそれより弱く、正常に巡っていない証に光が少し強くなったり、弱くなったりを繰り返していた。


『完全に完成されたモノの美しさというのはね、所詮、飽きてしまうものなのよ』


 ねっとりと甘い、女の声が聞こえてきた。すぐ耳元で言われたような気がするのに、振り返ってみても誰もいない。怖い経験なんて勘弁して欲しかったけれど、ここは夢の世界だ。なんでもありなのだろう。

 私の目の前で、ルイスの手にヒビが入る。コツコツ、と何かで小突くような音がする度に、ルイスは少しずつ震えた。


「まさか、これって……!」


 ルイスの前の持ち主との記憶が、これだと言うのだとしたら、なんと残酷なことか!

 わざとモノを壊すような魔女がいるだなんて、思わなかった。けれど、この記憶のカケラが再生しているのは間違いなくそういうものだ。この記憶があるということは、身動きが取れなくてもおそらく……起きて、感じていたのだ。自分の体が――多分、ノミか何かだろう――で削られ、ヒビを入れられ、壊されていく様を。


「なんて――なんて、むごい事を。こんなの、魔女として在るべき行いなんかじゃないわ!」


『私はね、』


 女の声を拒絶しようとしたけれど、そんな私に声だけの女は言葉を続けた。どこか陶酔の色が滲む、喜びの声。壊しながらそんなことを言う魔女がいるだなんて。


『私はね、どんなに完成したモノでも、壊れた時が一番美しいと思っているのよ。完全に壊れた時ではなくて、半壊した頃合いね。かつての完全な美しさの名残がありつつ、壊れている! 完全だった頃への想像、懐古、それは高くて美しいモノであればあるほど、落差があればあるほど、美しいのよ!

 だから、私の《ドール》である×××も、当然、少し壊れてもらうわ。あなたってとっても高かったんだから!』


 また、ヒビが入る。ルイス側の声はわからない。聞こえなかった。この女が、今私がルイスと名付けているルイスを少しずつ壊す、楽しそうな声だけがあった。

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