第328話 クロスステッチの魔女、夢に引き込まれる
気づくと、私はお師匠様の家ではなく知らない場所にいた。周りの景色はすべて朧げで、どこの土地かわかる手がかりはない。強いていうなら雪のようなものがちらついているから、きっと冬のことだった。
(まずい、引き込まれた……お師匠様にバレたらまた怒られる……!)
多分、ここはルイスの核が見ている夢の中だ。忙しなく動いている核に無防備に触れてしまったから、こんなことになってしまったんだろう……と、我が身に起きたことを振り返る。あの時はどうかしていた、と私を責めるように、指先がヒリヒリと痛んだ。強い薬効の代わりに素手で触れるなと、キツく言いつけられていただけのものではあったらしい。自分の手を眺めてはみたが、朧げな夢の景色の中では傷は見つけられなかった。
「ルイスー? ルイス、どこー?」
核の夢から《ドール》を引っ張り出して、目を醒まさせてやるお師匠様を見たことがあった。けど、ルイスのように難しい子には、いっそ整理の時間を与えてやろうと言って、お師匠様は探しに行ってはくださらなかった。くるくるとひらめく景色の中に、ルイスの姿は見つけられない。でも、探し出さないと私もこの世界から出られないのは明白だった。
「私がルイスの名前をつけるより前の夢ゆ、見ようとしてるのかしら。《名前消し》されてるのに?」
《ドール》の記憶は名前と紐づけられる。だから、名前を消された子は自分と記憶を失い、まっさらになったところに新しい名前をつけられて、そこから新しい自分が始まるのだ。私がつけたルイスという名前から、今のルイスの心が生まれたように。たとえ《ドール》でなくても、名前への呪いは大抵が強力なものだった。いつかの鵞鳥番にされてた彼女も、きっと名前を乗っ取られていたあの頃には元の自分の記憶に欠けがあったに違いない。それは、名前を取り戻したから取り戻してるはずだけど。
(……もし、ルイスが過去を思い出して、自分を売り飛ばした人でもあの魔女がいいって言い出したら、どうしのう)
怖かった。とても、とても怖かった。ルイスは私が買った、私の《ドール》なのに。最初に金貨から始まった関係とはいえ、魔女と《ドール》は極論誰でもそうだ。私とあの子はまだ二年程度の付き合いしかない。たった、たった二年だ。元の魔女とは数百年一緒にいたことだってありえるのに。
どうしよう、考えたらどんどん不安になってきた。その心を押し隠して、私はルイスを探して歩き回る。ルイス、ルイスと何度も私のつけた名前を呼んでいると、違う景色に入り込んだ。
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