16章 クロスステッチの魔女と《ドール》の秘密

第325話 クロスステッチの魔女、《ドール》についてまた少し知る

「……よし、これで少しは安定しただろう」


「よかったぁ……」


 お師匠様がそう言った言葉に、私は安堵のため息をついた。力が抜けて、へなへなと崩れ落ちた。イースがどこか呆れたように私に手を差し伸べてきたので、ありがたく立ち上がらせてもらった。


「温かいお茶を出します?」


「お願いします……」


 木のカップを両手で持つと、注いでもらった熱いお茶の温もりがじんわりと伝わってきた。どうやら思っていた以上に、指先が冷えていたらしい。よくさっきまで働いていた時、間違いを起こさなかったものだ。一口飲むと、お茶のいい香りが私を包んで癒してくれる。


「ほあ……おいしい……」


 ルイスは部品の繋がりを全て解かれて、バラバラになった姿で私の作った薬液に浸けられていた。核は取り出されて、お師匠様が秘伝だという粉を溶かした水の中に浮いている。私にはお師匠様の言葉を信じることしかできないけれど、これで大丈夫だという言葉を信じることにした。私よりもずっと長く《ドール》と接して、直したりしてきた魔女の診察なのだから。


「……お師匠様、ルイスは治りますよね?」


 胸に湧き上がってきた不安を打ち消すようにそう聞くと、向かいに座って私と同じように紅茶を飲んでいたお師匠様の顔が一瞬、確かに曇った。そんな顔は、初めて見る。今まで修復師としての腕を頼りに来たどんな魔女や《ドール》にも、微笑んで励ましていたお師匠様なのに。


「クロスステッチの魔女、今回のように核が魔力を過剰に動かした理由はなんだと思う?」


「えーっと……なんらかの理由で、核が魔力を沢山欲しがったから、でしょうか。どうしてかは……すみません、思いつきません」


 私が教わった中には、そういう話はなかったはずだ。お師匠様を頼ってきた魔女達の《ドール》の症状やその治し方を教えてくれていたから、私も怪我をしたルイスに落ち着いて《修復》の魔法をかけることができたのだ。


「教えてはないから謝らなくていいよ、あまり多い事例でもないしね。核が魔力を過剰に回すのはね、核が……《ドール》の心が、何かを必死になって思い出そうとしている時なんだ。特にそれが焦ってる状況だと、体の内側まで気が回らなくなって、我が身を傷つけるほどに魔力を回すことになる」


「思い出そうと、して……」


 ルイスの過去の記憶。私に買われるまでの、あの店や、それよりも前の元の持ち主との記憶。あるいはそれより遡って、人間だった頃の記憶なのか。彼の心は、何を探しているんだろうか。

 それは私にはわからないことだし、わかるのも少し怖いことだった。

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