第324話 クロスステッチの魔女、お師匠様の元に駆け込む

「お師匠様! お師匠様、ルイスを助けてください!」


 箒で扉に突き刺さりそうになって慌てて降りると、速度を殺しきれなかった箒が音を立ててお師匠様の家の扉にぶつかった。私の立てた騒々しい音に何かと思ったのか、斧を構えたイースが扉を開け、私の姿に拍子抜けした顔をする。


「騒々しい……おどかさないでくださいよ。どうしたんです? こんな夜更けに」


 そう言われて、日が落ちていたことに気がついた。どうりで暗いわけだと思いながら、飛んでいる間も目を覚まさなかったルイスを腕に抱き直して、家に上がり込んだ。刺繍をしていたお師匠様がその手を止めて見に来てくれたから、ルイスをその前に突き出す。


「お師匠様、ルイスが怪我して、私っ、私、ちゃんと直したのに、魔法はちゃんと修復できたのに、ルイス、動かなくなっちゃって」


 ルイスの魔力は体の中で、ぐるぐると激しく渦を巻いている。普段は穏やかな小川くらいで、魔女が意識することは少ないけれど、魔力が手足の指の先まで、髪の毛のひとつひとつまで循環しているのが正常な《ドール》である。なのに、今はその流れが異様に速くなっていた。このままでは、核や魔法糸、体を傷めてしまう。体と魔法糸は取り替えが効くけれど、問題は核だ。核の修復は極めて難しいし、心に影響を及ぼすこともある、と言っていたのはお師匠様なのだから。


「確かに、魔力の流れがおかしいね。まずは薬液に漬けて魔力を補ってやるか……」


 ぶつぶつと呟きながら、お師匠様は「あんたの《ドール》だろ、手伝いな」と言ってきた。大人しくその後ろをついていくと、アワユキが「兄様、ずーっと夢を見てると思うの」と呟いた。


「夢?」


「うん。探し物してる感じ? なんとなく、そう思うんだー」


 アワユキの頭を撫でてやりながら、私はお師匠様の指示通りに動き始めた。指定された植物を煎じて、濃い魔力を含んだ薬液を作る。薄緑色の液体は、おたまで掬うと魔力でキラキラと光った。

 お師匠様は服を脱がせたルイスを薬液で満たされたバスタブに入れていたけれど、私が作った液を見て「ちゃんと冷やすんだよ。そのままだと熱すぎる」と言った。気が急いていて、すっかりその辺りが頭から抜けていたらしい。


「アワユキ、少し手伝ってくれる?」


「どこまで冷やすのー?」


「あんたがクロスステッチの魔女に触った時と同じくらいまで冷やしておやり」


「はーい」


 お師匠様が横から言われたことに、アワユキは素直に返事をして雪の力で鍋を冷やした。この子はすごく強い精霊というわけではないから、逆にちょうど良かったらしい。

 出来上がった薬液にお師匠様が頷かれて、少しだけ安心した。

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