第323話 クロスステッチの魔女、大慌てで空を飛ぶ
倒れたルイスを抱え上げると、『流れ星の尾』が心配そうにその肌を舐めた。
『魔女様、この子どうしたの?』
「わからないわ、詳しい人に見てもらわないと」
気が急いている私が箒を取り出したのを見て、別れを察したのだろう。『流れ星の尾』は冷たい鼻面を私の頬にくっつけて『魔法憑きは魔女様のだからね!』と言い、自分が狩った魔兎数羽をくわえると尻尾を振った。
『じゃあね、魔女様!』
「ええ、またね」
そう言って私達は別れ、私は箒ですぐお師匠様の元に向かうことにした。
魔兎の肉体を油紙でざっくりとくるみ、カバンに入れる。それからアワユキをカバンに入れ、少し迷ってからルイスもカバンに入れた。この子はしまい込まれることが苦手な子だけど、今はいつものように座っていられない。カバンの蓋はせめて閉じず、外が見えるようにしてあげた。それから赤い花びら……零れ落ちたルイスの魔力を拾い集めて、小瓶のひとつに仕舞い込む。こういうものを迂闊に残すのはよくない、とか、回収できるものはすべて回収しておけ、と、お師匠様が言っていた気がするから。理由は……思考が空回りして、うまく思い出せない。
「アワユキ、ルイスが起きたら教えてくれる?」
「うんー!」
素直に返事をしたアワユキの頭を撫でてあげてから、箒に跨る。カバンを前側にかけて、様子がちらりとでも見えるようにした。
「早く行かないと……!」
気が急いている中、雪の上を蹴って宙に飛び上がった。《修復》の魔法は正常に働いて、傷は問題なく治ったはずだ。治ったのを、見た。あれはお師匠様が治していた光景と、同じだったはずだ。私の魔法は、ちゃんとルイスを癒せていたはずなのに、どうして!
冷たい風の中に突き入れるようにして、箒を飛ばす。お師匠様の家の方角も距離もわかってて、あまり遠くないはずなのに、どうしてこうも遠く離れた場所のように感じるのだろうか。
魔女になって、時間の流れが私を少しずつ置いていくようになって、それに少しずつ慣れていきつつある今。ひとつひとつの小さな時間が、心臓の鼓動のひとつ程度の時間が、惜しいと思ったのは初めてだった。人間の頃でさえ、こんなことを考えたことはない。食事の支度や洗濯と天気との兼ね合いなどで時間に追われたことはあったけれど、身が千切れそうなほどの不安と共に時間を気にしたことはなかった。
「主様、前、前! 雪雲にぶつかっちゃうー!」
「わわわっ……!!」
慌てて箒を旋回させて、雪雲に突っ込みびしょ濡れになるのを避ける。お師匠様の家の屋根が、雲の切れ間に見えてきた。
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