第322話 クロスステッチの魔女、《ドール》の傷を塞ぐ

「ルイス!」


「ぁう……マスター、近づいては……」


「魔法憑きなら『流れ星の尾』がトドメ刺してくれたから、大丈夫! それよりあなたよ!」


 今もルイスの小さな手が押さえたところから、真っ赤な花弁がハラハラと零れ落ちている。それは、《ドール》の陶器製の肌が壊れ、内側に満ちる魔力が溢れた時に形を取るもの。人間や魔女で言うところの、血と同じだ。


『人間が血を流しすぎて死ぬように、《ドール》も魔力を流しすぎては、核が維持できなくなって壊れてしまう。だからすぐに魔法で塞いでやるのは大体の魔女でもできるんだけど、それでも治りきらないものは、修復師を頼ってくるというわけさ』


 お師匠様の言葉が、耳に蘇る。いくつかの魔法をカバンから漁って、なんとか目当ての魔法を探し当てた。ルイスは痛みに顔を歪めていて、初めての大きな痛みに怖がっていることが伝わってくる。早く、治してあげないと。せっかくの服が切れていて、肌を見ると真っ白な陶器製の肌にひび割れが入っていて、一番深いところは完全に内部の空洞が見えてしまっていた。魔力が渦を巻くうつろの中には手足を動かす魔法糸が張り巡らされ、それらの中に魂たる核が溶け込んでいる。


「兄様、きらきらきれいねぇ」


「危ないから触っちゃダメよ、アワユキ」


「はぁい」


 赤い花びらに触ろうとしたアワユキを止めて、『流れ星の尾』の方の様子を見る。そちらは私達の側に魔法憑きの死体を置いて、他の魔兎を追いかけ回していた。良くも悪くもこちらには影響を及ぼさないだろう、と判断して、ルイスの治療のことを考える。


「確か、これでいけるはず……!」


 私が取り出したのは、《修復》の魔法の刺繍だった。幸い、傷は大きなものではなさそうに見える。傷口から拭っても拭っても、零れ落ちる花びらは止まらない。人間のように、自然に止まることはないのだ。

 祈りと共に魔力を通すと、柔らかな光が刺繍糸から溢れて、ルイスの傷を塞いだ。花びらが零れるのをやめ、内側が見えなくなる。もうしばらく魔力を注いでいれば、完全に元のつるりとした陶器の肌を取り戻していた。

 ほっと安堵の息が漏れる。魔力の流れに目を凝らして見ても、問題なさそうだ。正常にくるくるとルイスの中を回って……ん? それにしては少し、動きが変に早い、ような。


「ルイス? 傷はもう治したわ、大丈夫よ。……どうしたの?」


「う、うぅ……」


 小さな唇からは、呻き声が漏れる。どうしたんだろう。狩りを終えた『流れ星の尾』が心配した様子で『どうしたのー?』と寄ってきたが、声のない悲鳴をあげてルイスは倒れてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る