第321話 クロスステッチの魔女、魔法と戦う
魔法憑きの魔物は強いから、先にその魔法を壊すのが定石。冒険者や人間は特に、そう言われているようだけれど。
「壊してしまったら、もったいないじゃ……ないのっ!」
泥で、血で、汚れてしまえば魔法は一時的に力を失う。美しいから魔法になるのであって、美しくなければ魔法ではない。だから魔法憑きと戦う時は最初に汚して魔法を奪うし、魔女と人間が勝負をする物語でも最初に汚すことを狙われるものだ。私達は《洗浄》の魔法をいつも持ち歩いているけれど、魔物にはその知恵はない。
『完全なる偶然から魔法に繋がることも難しければ、それを続けることも難しい。キーラ、お前の髪がたまたま魔法に繋がったからと言って、人間の頃のお前がそれを維持できたと思うかい?』
『いいえ、お師匠様。髪は洗わないとベタベタしてしまうし、村には髪の手入れをするための油なんてなかったです』
『だから魔法憑きは珍しがられる。些細な汚れがきっかけで、魔法を失うこともあるからね。それに魔女の魔法も、きちんと管理しないといけないよ。よく覚えておおき』
そんな教えを思い出しながらぶつけた泥だったけれど、汚れる直前に毛皮が陽の光で煌めいて、水が生み出された。水の塊が泥を押し流すから、毛皮は損なわれていない。
「欲しいわね、あれ……!」
「頑張ります!」
私のヤケクソめいた呟きを拾ったルイスが剣を煌めかせ、魔兎へ接近し斬り付けようとする。毛が数本と血が飛び散ったが、傷は浅く魔法も健在だった。私が投石紐に石をつがえて投げ飛ばすと、角に欠けができる。あ。魔兎の角は役に立つのに……なんて余裕ぶってられる魔女に、いつかなりたい。
ルイスは熱心に練習していた成果を発揮して、魔兎の角や牙を躱しつつ傷をつけていた。アワユキが時折近づいて息を吹きかけると、そこが凍りつく。魔兎が抵抗して魔法で生み出した水ごと凍りついて、毛皮に霜が張り付いた。今日は天気がいいとはいえ、雪の精霊が真冬に凍らせたものがそう簡単に溶けるわけがない。
「ルイス、私の魔法のところまで連れてきて!」
「はい、マスター!」
私は石だけでなく魔法も投げたり、設置罠の真似事もしたりする。たまに人手が足りないからと、猟に連れ出されていた時の経験が生きていた。魔法を足元に敷いてルイスを呼び寄せ、ルイスを追いかけてきた魔兎が魔法に触れた時に発動させる。《風刃》の魔法が魔兎を斬りつけ、その血で濡れた毛皮は前ほど美しくはなかった。とはいえ、適切に洗えば血は落ちるものだ。
「魔法は封じたわ! ルイス、『流れ星の尾』、やっちゃって!」
二人の返事は私だけが聞こえる。恐れていたよりは簡単に終われそうだ、と思ってしまった。ルイスの剣とオオカミの牙が両面から迫る中、魔兎の角がルイスの剣を持っていた腕を貫く。
「ルイス!!!」
魔兎の首がオオカミに噛み裂かれるのとほぼ同時に、赤い赤い、宝石のように輝く花びらが吹き出した。
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